真宗大谷派  浄専寺(石川県かほく市)HP
               
                                                                                                                                                                      2018年1月2日更新
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

浄専寺前住職 平野道雄の年賀状

・「平和のための戦争」などと言って軍事力に依存することの愚かさを、
きっぱり断ち切る。それが
九条です。      児玉暁洋

 ・人から批判されんように逃げてしまうと、精神の深まる機会はない。                                        安田理深

 明けましてあめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。









この記事に注目!



2017年9月18日 北陸中日新聞 朝刊より


2016年12月17日 北陸中日新聞 朝刊より



「生きて罪を償う」井上嘉浩さんを死刑から守る会HP


COMPASSION ‐カルトを抜けて罪と向き合う井上嘉浩‐



オウム真理教元信徒広瀬健一の手記

http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG1.pdf
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG2-2.pdf
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG2-4.pdf
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG3-1.pdf
http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG3-2.pdf

http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/IMG4-1.pdf

浄専寺が紹介されたHPのコーナー


お医者さんはお坊さん


2016年 

(しゅ)(しょう)()








 

ブッダ・パーティー(新年の(つど)い)

(旧名 (あま)()(こう)

8日(月)午後1時半~

 

・法話 住職

 

・午後2時 親睦会(しんぼくかい) 

 

出演 新蔵(しんぞう)一座 

 

ブッダ・カフェ(担当 住職)

14日(日)午後7時半~

 

親鸞が真実の経典として大事にされた『大無量寿経』を学びます。

今月が第12回目です。ゆっくり学びます。まったく予備知識なしでも大丈夫です。

お気軽にご参加下さい。

 

大地の会(担当 前住職)

  28日(日)午後7時半~



すべての人に〝今〟が有る

有ること難き〝今〟である

浄専寺住職 平野喜之


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

2016年10日(月)~2017年4月1日(土) 《全151回》に放送された
NHK連続テレビ小説
『べっぴんさん』を覚えておられますか?

その主題歌「ヒカリノアトリエ」(Mr.Childrenを紹介します。

♪ ♬ ♫

「雨上がりの空に七色の虹が架かる」
って そんなに単純じゃない

この夢想家でもそれくらいわかってる

大量の防腐剤 心の中に忍ばせる

晴れた時ばっかじゃない

湿った日が続いても腐らぬように

たとえば100万回のうち

たった一度ある奇跡

下を向いてばかりいたら

見逃してしまうだろう

さぁ 空に架かる虹を今日も信じ

歩き続けよう
優しすぎる嘘で涙を拭いたら
虹はもうそこにある

♫ ♪ ♫

「一体何の意味がある?」

つい 損か得かで考えてる

でもたった一人でも笑ってくれるならそれが宝物

誰の胸の中にだって薄暗い雲はある

その闇に飲まれぬように

今日をそっと照らしていこう

過去は消えず

未来は読めず

不安が付きまとう

だけど明日を変えていくんなら今

今だけがここにある

遥か遠く地平線の奥の方から

心地好い風がそのヒカリ運んで

僕らを包んでく

たとえば100万回のうち

たった一度ある奇跡

ただひたむきに前を見てたら

会えるかな

空に架かる虹を今日も信じ

歩き続けよう

優しすぎる嘘で涙を拭いたら

虹はほらそこに

過去は消えず

未来は読めず

不安が付きまとう

だけど明日を変えていくんなら今

今だけがここにある

きっと

虹はもうここにある

♫ ♪ ♫

 

ある先生は「もう80才になられましたか」と言われたとき、

私にとって80才は未体験であり、初めての体験であります

と言われたそうです。

今年の新しい命を、さあ生きましょう。


以下は2017年




10月のご案内

◎仏具のおみがき

      8日(日)午後1時半~


報恩講


13日(金)

 

午後1時半~ 勤行(おつとめ)

 ()(きょう)の集い(おかみそり)

 

午後2時~  法話 荒木範夫(のりお)

午後7時~ 報恩講の夕べ

 ドキュメンタリー上映 

「書家 金沢翔子30歳~娘と母 新たな旅だち~」

 

14日(土)

 

午後1時半~ 勤行(おつとめ)   前々住職・坊守 15回法会

 

法話 木越(きごし) (たつる)氏 

 

午後7時~ 報恩講の夕べ合唱とコンサート)

 

♫高松少年少女合唱団

 

♫はまなすコーラス 

 

♪金森俊朗トーク &

フォークグループでえげっさあコンサート


15日(日

 

午前8時半~ 勤行・法話 住職 

午後1時半~ 勤行・法話 住職

 

浄専寺では、報恩講の期間中は、大人の作品も子どもの作品も、

本堂に展示させていただいています。

 


坊守だより

 報恩講は真宗門徒にとって最も大切な行事で、

親鸞聖人に対する報恩謝徳の法要です。

 ピンと来ないかもしれませんが、

私たちの先祖は、時には命にかえてでもその教えを
(まも)り、

遺そうと受け継いでこられました。

私たちの両親・祖父母・曽祖父母らが、

後世に生きる私たちにどんな願いを持たれたか…。

 ひよっこの坊守ですが、皆さんと一緒に聞きたずねてまいりたいと思います。

お待ちしております。

(平野かおり)



自業(じごう)自得(じとく)回向(えこう)   浄専寺住職 平野喜之

友人とタイに研修旅行に行ったことをご縁にして、「供養」ということを考え始めました。

今回はその3回目です。

 日本では、仏教徒に限らず他宗教の人も無宗教の人も、

先祖供養のためにお墓参りをするでしょう。

 しかしタイでは、お墓を持っている人はほんの一握りだし、先祖に感謝することと、

仏や僧侶を供養することとははっきり区別されていました。

それが、どのようにして一つになったのか。それが私の疑問の出発点です。

 「御堂だより」の8月号は、お盆について書きました。

餓鬼道に堕ちてしまった母親を救い出す(供養する)た
めに、

目連尊者はたくさんの僧侶に読経してもらい、その功徳を、

母親を救い出すために回向した(差し向けた)のでした。

 自分の修行した功徳を、他の苦しんでいる衆生に差し向けるという「回向」という

考え方は、大乗仏教の特徴的な考え方だと言われています。

 皆さんは、お勤めの最後に読まれる「回向文」を御存知ですか? 



(がん)()()功徳(くどく) 平等(びょうどう)()一切(いっさい) 

 (どう)(ほつ)菩提(ぼだい)(しん) 往生(おうじょう)安楽(あんらく)(こく)

 
(願わくはこの功徳をもって 平等一切にほどこし 

同じく菩提心をおこして 安楽国に往生せん)

 

 
ここに出てくる「ほどこし」こそが、いま説明している「回向」なのです。

 
また、もう一つ仏教で大切な考え方があります。

それは、自業自得という考え方です。

自分の過去になした行為の結果は、自分自身が得る(悪因苦果 善因楽果)

という意味です。


もし自業自得が真実なら、自分が修行することによって生まれる功徳は

自分が得るのであって、他人が得るのはおかしいではないか。

もし回向ということが成り立つなら、自業自得と矛盾するのではないか。

 私はまだこの疑問をすっきりさせるような説明にあったことがありません。

ただ一つ思うのは、自業自得は「いま自分が生きて在ることの責任は、

自分自身にあり、決して他の誰にも転嫁できないものである」ということを教える

言葉だと思います。  

それに対して回向は、自分の行為の結果生じる影響力は、

善くも悪くも自分一人にとどめることはできず、

必ず他人に影響するということを教えてくれているのではないでしょうか。

「回向」と「自業自得」、「供養」には、まだまだ分からないことがありますが、

考え続けてみたいと思います。






 ◎生きることを学ぶ会

9月24日(日)午後1時半~

講題ただただ生きる、そしてただただ逝(い)きる~落ちこぼれ看護学生が、 東北タイで逝く人びとと出会って

 











↑クリック

生まれかわるのは、、、、

じつは、

わたし、、、なんだ!

残された人のしんどさや、希望が、
故人の思いに結びついたとき、

残された人に、これから新たに生きていくという気持ちが生まれる。

講師
 古山(こやま)裕基(ひろき)氏(タイ国在住)

古山裕基氏からのメッセージ

 

タイの大学の看護学部に入学した私。しかし、授業についていけず、「看護師になる!」という理想も擦り切れてしましました。卒業後も、無駄な4年間だったと後悔していました。日本に帰って介護施設で勤めた私は、あるおじいさんから「兄ちゃん、なんでここで死ぬんやろ」と言われます。その時、思い浮かんだのはタイで出会った人々の逝く姿でした。自分はその後、看取りのタイの旅を企画するとは思いもよりませんでした。

 

古山裕基氏のプロフィール

 

タイ国ウドンタニ県在住。編集企画会社退職後、タイ東北部にある国立コンケン大学看護学部に入学。その後、青年海外協力隊、タイの病院での通訳、様々な国籍の人がいる介護施設勤務、文化人類学修士課程などを経る。

トヨタ財団から助成を受け、「こころ豊かな死の居場所づくり―西宮市・尼崎市とタイ国コンケン県ウボンラット群の介護実践者の交流」プログラムを行った。

現在は、「逝き方から、生き方を創る東北タイの旅」を企画。




古山裕基(こやまひろき)さん⤴









何のために供養する(プージャ、自分を超えた者を尊敬すること)のか

浄専寺住職 平野喜之

 

 先月に引き続いて、「供養」ということについて考えてみたいと思います。

 
今から約2500年前、インドのある国の王子さまが、お城での快適な生活を

棄てて、修行の道に入られました。

自分自身もまたいずれ老人や死人になるにもかかわらず、

老人や死人を嫌っている自分、老いたくない自分、

死にたくない自分を問題にされ、

それを乗り超える生き方(老や死を自然なこととして受け入れる生き方)はないかを

模索するために、出家されたのです。

 その方こそ、のちに菩提樹の下でさとりを開かれたお釈迦さま

(ゴータマ・シッダルタ)です。

 お釈迦さまはさとりを開かれたあと、できるだけ多くの人をそのさとりに導くため

に、生涯かけて教えを説きつづけられました。

そのさとりの内容は、のちの仏弟子たちに「縁起の法」と

呼ばれるようになりました。

 「縁起の法」を簡単に説明すると、苦しみには原因があるということです。

老いは嫌い(マイナス)で若さが好き(プラス)、死は嫌い(マイナス)で長生きは

好き(プラス)、という分別(はからい)こそ、老いや死に苦しむ、

その苦しみの原因だということです。

 やがて、お釈迦さまが生涯を終えられ、そのお骨(仏舎利)をめぐって、

国どうしの間で争いが起こりました。

その結果、お釈迦さまのお骨はインド各地に散らばってしまいました。

時が過ぎ、紀元前3世紀ごろに、アショーカ王という、

仏教の法の力でインドをおさめるという偉大な王が現れました。

アショーカ王は各地に散らばっていた仏舎利を集め、

多くの仏塔(その数は8400と言われている)を建てました。

仏塔(ストゥーパ)とは、仏舎利をおさめた塚や塔のことです。

 その結果、お釈迦さまの遺徳をしのび、その仏塔にお参りする(供養する)人たち

がたくさん現れます。

 
アジアの宗教は、

供養と福徳(幸福のもとになるもの、それを得ると若くて長生きができるもの)

がセットです。

それは、「供養すれば福徳が得られる」という信仰です。

お釈迦さまのご生涯をたたえて供養するということはとても大事なことですが、

自分が幸せになるために供養するということは、

欲にもとづいた分別(はからい)なのです。

お釈迦さまは、その分別こそ苦しみを生む原因であると教えられたのです。

 ここに、供養をめぐって変なズレが生じました。

「苦しみの原因は分別である」とさとられ「分別を離れよ」と説かれた

お釈迦さまを供養しながらも、


「老いや死は嫌だ」という分別に基づいて福徳を得ようとするズレです。





誰を供養する(プージャ、自分を超えた者を尊敬すること)のか

浄専寺住職 平野喜之

 

いよいよ、本格的な夏がやってきました。皆さん、いかがお過ごしですか。


浄専寺では、高松のお盆が7月ということもあって、7月16、17日に

お盆法会を勤めさせていただきました。

 お盆というのはもともと、お釈迦様のお弟子である目連尊者が、

餓鬼道に堕ちている母親を救うという物語がもとになって始まった行事です。

目連尊者が餓鬼道に堕ちた母親を神通力で探し出してみると、

母親は喉を枯らし、飢えていました。水や食べ物を差し出しましたが、

ことごとく口に入る直前に炎となって、

母親の口には入らなかったと言われています。

 
ある禅宗のサイトを見ていましたら、

目連の母親が生前、どんな罪を犯したことが原因で

餓鬼道に堕ちたのかが書いてありました。

その話は、どういう文献に根拠があるのかは分かりませんでしたが、

「なるほど!」と腑に落ちることが書かれていました。

 
夏のある日、目連の家の前を通りかかった人が

一杯の水をめぐんでくれるように頼みました。

水瓶の水はあふれんばかりでしたが、母親はふたを取ろうとしません。

何度も乞う声に母親は「この水は目連の水です。

あなたにはあげません」と答えたのでした。

目連を思うあまり施しを忘れ、道理を見失った母親は、

その「おろかさ」によって餓鬼道に堕ちたというわけです。


 お釈迦様は目連に、お前の母親はとても罪が深いので

あなた一人の力では救うことが出来ない、と言われました。

お釈迦様は「あなたの母親を救うには、七月十五日に大勢の僧侶を集めて、

たくさんの食べ物や飲み物を供養し、布施をし、母親のために、

法要をしてあげなさい。

大勢の僧が心からとなえるお経の功徳は計り知れない力であるから」

と、目連に言われたのです。

目連は、お釈迦様の言われるとおりに大勢の僧侶たちを供養し、

その僧侶たちは仏を供養する法要をして、

母親を餓鬼界から救うことができました。

 
この物語は、僧侶と仏を供養することによって功徳を得、

その功徳を母親に差し向ける(回向する)ことによって、母親を救うと形になって

います。つまり、供養の対象は亡き母親ではなく、僧侶(仏弟子)と仏なのです。

 
五月にタイに旅行して、タイの仏教(上座部仏教)の僧侶や信者さんたちと

触れ合いました。

そこではやはり、仏や僧侶を供養することはあっても、

先祖を供養することはありませんでした(先祖に感謝する儀式はありましたが)。 

では、どうして日本仏教では先祖を供養することになったのでしょうか。

これから考えていきたいと思います。





原爆・戦争パネル展

8月12日(土)~15日(火) 午前10時~午後4時

浄専寺本堂にて展示

全戦没者(つい)(ちょう)(ほう)() 

(つる)(あきら)

8月13日(日) 午前11時~ 法話 当寺住職

11時半「勿忘(わすれな)の鐘」

戦争の悲惨さ愚かさを思い起しながら、一人一人鐘をつきます。




超(ウルトラ)国家主義に戻らないことを、一国民として願う

 浄専寺住職 平野喜之

 

 一八世紀から一九世紀にかけて、オランダ、イギリス、フランス、少し遅れてドイツ

など、国民が主権者の位置につく「主権的国民国家」が次々に誕生しました。

それと同時に、産業革命に成功した国家は、原料と市場を求めて第三世界の国々

を次々と侵略し、植民地にしていきました。

 岩倉使節団が欧米諸国を視察し、そこで彼らがまざまざと見たのは、

アジア各地が欧米列強に餌食にされていた様子でした。

「もし日本がこのままであれば、植民地にされてしまうに違いない。

一刻も早く、日本も一つにまとまらなくてはならない!」

 
近代国家の原則は、政治に宗教を介入させない(中性的である)こと、

政治的権力と精神的権威がはっきり分かれていることです。

しかし、日本は天皇という宗教的権威によって、

日本を一つにまとめようとしたのです。

 社会学者の宮台真司氏は「幕藩体制下では『クニ』とは藩のことで、

庶民レベルには『日本』という概念がなかった。

だから、日本統合の象徴である『天皇』という〝 共通の父 〟により、

『一君万民』の枠組みによってクニとクニの対立を忘却させ、

一つの国民国家として融和させた」と述べます。

そのように戦前戦中は、中性国家ではなく、政治的権力と精神的権威が

一体化した形で、日本は一つにまとまりました。

その国家の形を政治学者である丸山真男(まさお)氏は超(ウルトラ)国家主義

と呼んでいます。

そうなったおかげで、確かに日本は欧米による植民地支配を受けませんでしたが、

主権国家どうしの戦争に加わることになって、悲惨な結末を迎えました。

さて現在、日本の国はどこに向かおうとしているのでしょうか。

戦前のように超(ウルトラ)国家主義に向かおうとしているのではないでしょうか。

自民党の改憲草案(二〇一二年)を見てみると、日本は天皇をいただく国家で

あるとか、国と郷土を誇りと気概をもって守ることや、

家族や社会が互いに助け合うことをすすめています。

近代に入って次々に共同体が解体していき、

バラバラに切り離された個人がさびしい状況にあるわけです。

そういったなかで、「共同体を大事にせよ」という呼びかけは説得力をもちます。

その呼びかけに賛同する者が増え、憲法が改正されることになると、

戦前戦中の国家の在り方とよく似たことになります。

その国家体制の中で国家を批判した人たちの人権が

ないがしろにされた過去を顧みて、私は主権的国民国家の一国民として、

日本が再び超国家主義に戻ることに反対します。





(ぼん)法会(ほうえ) (午後1時半~)

 ・7月16日(日)

法話 荒木範夫(のりお)(金沢)

 ・7月17日(祝・月)

法話 平野喜之(当寺・住職)

暁天(ぎょうてん)講座 (午前6~7時)

 ・7月29日(土)

法話 武田裕一(津幡・徳願寺)

 ・7月30日(日)

法話 平野喜之(当寺・住職)





生きることを学ぶ会

6月29日(木)午後7時半~

・講題

「 真脇遺跡と岩手 ~平和への道~ 」

講師 宇部(うべ)(いさお)

(元小学校校長・岩手県盛岡市在住)






「人間」に生まれた意味とは

浄専寺住職 平野喜之

5月の中旬に、友人とタイに行って参りました。

初日はバンコクのホテルに1泊、それから2泊3日で仏教の修行道場に2泊、

続いて、タイの東北の村に2泊しました。

 平均の気温が三五度から四〇度、しかも雨季ということで、湿度が高く、

洗濯物はほとんど乾きませんでした。

 友人たちは、肌に薬を塗ったり、腰に蚊を寄せ付けないものを巻いたり、

色いろ工夫しても蚊に刺されたにもかかわらず、

私はどういうわけか一回も蚊に刺されませんでした。

何が原因かはわかりませんが、この体質で、とても助かりました。

バンコクのような都会ではどうか分かりませんが、東北部の田舎のほうでは、

素直に輪廻転生が信じられているようでした。

亡くなったら、また何かの生き物に生まれ変わるのです。

ある家でのことですが、おばあちゃんがなくなったとき、

トッケイというトカゲが鳴いたそうです(鳴き声が「トッケイ、トッケイ」です)。

それで、そのご家族は、「おばあちゃんは今、トッケイに生まれ変わった」と

思ったそうです。

だから、お墓を作る必要はないので、

タイの東北部の村にはまったくお墓はありませんでした。

ではお骨はどうするのかというと、メコン川に散骨するそうです。

私は今回の旅で、その散骨の儀式に参加することができました。

お坊さんがお経を唱えながら、たくさんの花と一緒に

粉末状のお骨をメコン川に流しておられました。

しかし、先祖供養がまったく無いわけではなく、

お寺の庭にうえてある木にご飯をお供えしたり、

根に少量の水をまいたりします。

お寺にお参りするとき、

「自分も他人も二度と生まれ変わらないように」

という願いをもってお参りするそうです。

つまり、生まれ変わること、輪廻転生することを喜んでいるのではなくて、

輪廻することは苦しみなので、やはり、輪廻転生から解脱(げだつ)、

抜け出すことを願うのです。

そして、その輪廻転生から解脱することができる存在が、人間なのです。

どうしてかというと、仏の教えを聞いて頷くことができる存在は、

人間だけだからなのです。

仏の教えは言葉で説かれているので、

言葉を理解できないと教えを聞くことができません。

仏の教えを聞いて、仏に成るというのは、

輪廻転生から解放されるという意味をもちます。

それが伝統的な仏教の人間観なのです。

三帰依文の最初もそのようなことが説かれています。




善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや

浄専寺住職 平野喜之

 

 今年もおかげさまで、浄専寺でお釈迦さまの誕生日を祝う「花まつり」を行うこと

ができました。子たちがお釈迦さまの像に甘茶をかけたり、

白象を引いたりする様子がとても可愛らしくて、

参加された皆さんもにこにこ顔でした。

 話は変わりますが、浄土真宗の教えは世間のものの考え方とはまったく正反対

のときがあり、驚かされると同時に、目から鱗がおちることがあります。

その最も有名な言葉が、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」でしょう。

つまり、

善人でさえ浄土に往生できるのだから、悪人が往生できないはずはない」

という言葉です。

世間では、悪人でさえ往生できるのだから、善人が往生できないはずはない

と考えますね。そのまったく反対を親鸞聖人はおっしゃっているわけです。

 
この紙面で厳密にその意味を述べることはできませんが、

たとえば、

善人とは世間で価値が高いと思われる何か(地位や能力)を身に付けている人、

悪人とはその逆で、世間的な意味から言えば、価値の低い人と見なされている人

と、そのように理解すれば、わかりやすいかもしれません。

親鸞聖人が言われる、「いし・かわら・つぶて」(無用な存在)が悪人です。

また、当時の辞典では、

職業的に差別されていた人たちも悪人と呼ばれていました。

 親鸞聖人の言われる悪人往生とは、悪人でも往生できるということではなく、

悪人だから往生できるということです。

悪人にもかかわらず往生できるということではなく、

悪人だからこそ往生できるということです。

 たとえば、「あの子は、勉強はできないけれども、優しい子だ」

という言い方がありますね。

そういう言い方だと、「勉強ができない」ことは、「優しい」ことと無関係になります。

しかし、そうではなく、「勉強ができない」ことと「優しい」こととは深く関係があり、

「勉強ができない」からこそ「優しい」のです。

「あの子は障がいはあるけれども優しい」というのではなく、

「障がいがあるからこそ優しい」のです。

勉強ができないと、テストの点数で人間の上下を決めるような場所では、

形見の狭い思いをします。

障がいをもっていると、差別を受ける場合があります。

それは本人にとってはつらい経験であると同時に、

とても大事な尊い経験ではないでしょうか。

人間の冷たさを身に染みて知ると同時に、

差別のない平等の世界(浄土)がいかに大事かを知る(往生)ことになるからです。




花まつり    



 
 
 
 
 
 
 



2017年4月11日 北陸中日新聞朝刊 より



死者を(いた)むということ  

浄専寺住職 平野喜之


東日本大震災が起こってから6年が経ちました。

私の茨城県の友人はNPO災害ボランティアネットワークという法人を立ち上げ、

今でも毎月、仮設住宅で生活している人たちの支援活動をしています。

その活動の中で出会ったあるおばあちゃんの話をここで紹介します。

そのおばあちゃんはあの日(三月一一日)、家にいる自分たちが避難すること

ばかりに気を取られて、小学校に登校していた孫を車で迎えに行くことを忘れ、

結局、その孫は津波に呑まれてなくなってしまったのです。

そのおばあちゃんは、あの日から5年以上経ってからようやく、

そのつらい思い出を人に語ることができるようになったそうです。

そして今でも毎日、お内仏に手を合わせて「ごめんね、ごめんね」と

孫に謝っておられるとのことでした。

その友人の話では、おばあちゃんにとってその思い出は

とてもつらい思い出には違いないのですが、

おばあちゃんはその思い出を語るとき、

孫とのつながりを感じてただつらいだけでなく、うれしくもあるのだそうです。


ある人は、「つらい思い出や悲しい思い出は忘れたほうがいい」と言います。

またある人は、「悲しみやいたみはなかったほうがいい」とも言います。

果たしてそうでしょうか?先ほど紹介したおばあちゃんもそうですが、

たとえつらい思い出であっても、その思い出を記憶にとどめておき、

ときどき思い出すことによって

亡き人との関係をつ
ないでいるのではないでしょうか。

先日、DVDをレンタルして天童(てんどう)(あら)()原作の

『悼む人』という映画を見ました。

その主人公の青年は、縁もゆかりもない不慮の死を遂げた人の

ところを訪ねて、その人のことを記憶するという、

かなり変わったことをしながら、全国を旅しています。

その青年のことは人びとの間でうわさになり、

やがて「悼む人」と呼ばれるようになります。

その青年にとって死者を悼むということは、

死者は生前、誰に愛され、誰を愛したか、何をして感謝されていたか、

そういう死者の「生きていた姿を覚えておく」ということなのです。

私たちは、死者を思い出すとき、その人がどんな死に方をしたかに

とらわれ過ぎることがあります。

特に不慮の死の場合は、そうなりがちですね。

しかしそうすると、その人の生き様がどうなったかが

薄れてしまうのではないでしょうか。

そうではなく、その人は生前、誰に愛され、誰を愛し、何をして感謝されていたか、

死者の「生きていた姿」に思いをいたす。

それが亡き人を思い出す時、とても大事でしょう。




春の彼岸法会

 

・3月19日(日)午後1時半~   お勤め

法話

立島(ひで)(あき)氏(小矢部市称名寺・副住職)

 

・3月20日(祝・月)午後1時半~  お勤め

法話

平野喜之(当寺・住職)

 

大地の会(担当 前住職)

  26日(日)午後7時半~




宗教心とは、平等性に目覚め、どんな人間もを尊ぶ心 

浄専寺住職 平野喜之

アメリカ大統領の選挙戦が始まって以来ずっと、トランプ現象ということが言われ

ていました。そして本当に、トランプ氏が大統領になりました。


トランプ氏の発言の特徴は「メキシコとの国境に〝万里の長城〟を築き、

不法移民は本国に強制送還する」「過激派の流入を防ぐため、

すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を禁止する」という発言にも見られる排除性


と、女性や黒人やアジア人やイスラム教徒、障害者に対する差別性にあります。


トランプ氏が大統領になったことに対する(私の)危機感や嫌悪感は、

その排除性と差別性にあります。

話題は少し変わりますが、普通私たちは宗教心と言うと、信心、つまり神や仏を

信じる心について言いますが、それだけではその本質は分かりません。

そこで、親鸞聖人はその信心の本質を掘り下げました。そして、信心の本質は、

「浄土に生まれたいと欲(おも)いなさい」という仏さまからの呼び声

であることを明らかにされました。それを私たち人間のほうから言えば、

「浄土に生まれたいと願う心」(願生浄土)ということになります。

では、いったい、浄土とはどのような世界を言うのでしょうか?

 浄専寺ではほぼ毎月、「生きることを学ぶ会」を開催しています。

その会を始める前に必ず、「バラバラでいっしょ」という歌を、

参加者の皆さんと歌うことにしています。

その「バラバラでいっしょ」な世界が、浄土なのです。


 「バラバラ」というのは、どんな場所で生まれたか、どんな環境で育ったかに

よって、肌の色が違ったり、考え方が違ったりしているということです。

これは、多様性ということを意味します。

「いっしょ」とは、平等性ということを意味します。

仏教では、人間はみな凡夫(迷いから離れられない存在)であり、

仏さま(真理に目覚めた人)に成っていく存在であると言います。

「浄土に生まれたいと願う心」(願生浄土)とは、

この平等性に目覚める智慧のことを言います。


もし私たちがその智慧を得ることができたなら、

肌の色や性別や宗教や習慣がバラバラで違っても、

「人間はみな愚かですね。けれども、ただ愚かというだけでなく、

教えを聞き続ければ、必ず仏さま(真理に目覚めた人)に成ることができる

という意味で平等です。人間はみな尊いですね」

と、お互いに声をかけあうことができるでしょう。

 それこそが、願生浄土の道、排除性と差別性を超える道なのです。

今月も一緒に教えを聞いていきましょう。






浄専寺は今年から祠堂経法会をやめ、
春と秋に彼岸法会、7月にはお盆法会を始めます。


浄専寺住職 平野喜之


皆さまにご協力いただきながら毎年2月と7月に、祠堂経法会を5日間ずつ勤め

させていただいていましたが、この度、浄専寺の役員さんたちと相談の上、

今年から祠堂経法会をやめて、新たに春と秋に彼岸法会、七月にお盆法会を始め

ることにしました。具体的な日程は次のようです。


●春の彼岸法会

3月19日(日)20日(祝・月)


●お盆法会

  7月16日(日)17日(祝・月)


●秋の彼岸法会

 9月23日(祝・土)24日(日)


祠堂経法会は、永代経法会とも呼び、
先祖供養をご縁にして、念仏の教えが永代

にわたって相続されるようにという願いのもとに勤めてきた行事です。

もともとは、十日間ではなく一ヶ月間勤めていて、ご先祖さまの御命日にお寺に

お参りしていたそうです。

それが、参るほうもお寺も忙しくなって、だんだん短くなり、浄専寺の場合は

十日間になっていました。そうすると、永代経は「ご先祖さまの御命日にお参りする

という行事」であるという意味が失われたことになります。それで

近年は、「現代と宗教講座‐祠堂経法会」という名前を付けてみたりもしました。

しかし、どのように名前を変えようと、お参りしていただける方々は限られていま

すし、その方々もお年を召され、年々減少の一途をたどっています。

行事の意味も、若い世代の人たちにとってみれば、祠堂経法会と呼ぼうが、

永代経法会と呼ぼうがやはり、いったい何の目的で勤められている行事なのか、

そこにどんな意味があるのか、分かりにくいことには違いありません。

 どの仏教用語も現代人にとっては分かりにくくなっている昨今、「お彼岸」や

「お盆」はまだ何とか、死語にはなっていないように思います。

それで役員さんたちとも相談の上、祠堂経法会をやめて、春と秋の彼岸法会、

お盆法会をしようということになりました。

祠堂経法会がなくなったら、聞法の機会が少なるのではないか、

とご心配の方もいらっしゃることとは思いますが、

このように新しく法会を始めたり暁天講座を一回増やして三日間にしたりなどして、

決して聞法の機会が減るようなことがないようにします。

今まで祠堂経法会がある度に、いろんな形(たとえば、ご懇志)で

浄専寺の祠堂経法会にご協力して下さった皆様には、心より感謝しております。

これからも一人の門徒として皆さんと、共に教えを聞いて参りたいと思います。





ブッダ・パーティー (旧名 (あま)()(こう)

8日(日)午後1時半~

・法話 住職

・午後2時 親睦会 

「孫たちが(つな)ぐ民謡のこころ」

出演 杉山民謡会キッズ (弁当代 1500円

 

ブッダ・カフェ(担当 住職)

15日(日)午後7時半~

親鸞が真実の経典として大事にされた『大無量寿経』を学びます。

今月が第1回目です。

現代語訳を参照しながら、ゆっくり学びます。

まったく予備知識なしでも大丈夫です。

お気軽にご参加下さい。

 

大地の会(担当 前住職)

  29日(日)午後7時半~

親鸞の教えに学びつつ、話し合います。




他宗教への偏見を超えて  浄専寺住職 平野喜之

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。 

私は、東本願寺が発行している月刊誌『同朋』で新しく始まった対話のコーナー

である「宗教と現代」の編集の仕事を、昨年10月からお手伝いさせていただくことに

なりました。

真宗大谷派(東本願寺)の僧侶・研究者が他宗教・他宗派の宗教者と語り合い、

現代社会の諸問題を共に考えるシリーズで、

10月号は「仏教を社会に開く」をテーマに、浄土宗知恩院編集主幹で

龍岸寺住職である池口龍法(いけぐち りゅうほう)さんと、

真宗大谷派僧侶でアナウンサーでもある川村妙慶(かわむら みょうけい)さん、

11月号は「仏教と霊性」をテーマに、曹洞宗の僧侶(福井県霊泉寺住職)であり

青森県恐山菩提寺院代でもある南直哉(みなみ じきさい)さんと、

大谷大学教授(宗教哲学)で真宗大谷派僧侶でもある門脇健さん

今年の2月号は「宗教と被差別民衆」をテーマに、

天理教大学教授の池田士郎(いけだしろう)さんと、

大谷大学客員教授で長浜教区清休寺の住職である泉惠機(いずみしげき)さんが

対話されました。

親鸞聖人が関東におられた頃、被差別民衆の方々と深い交流をされていたこと

は、河田光夫(かわた みつお 1938~1993)さんが30年以上も前に

研究・発表されておられ、私はそのことに関心を持って学んだこともありましたが、

被差別部落の人たちに伝承されていた中山みき(1798~1887年 天理教教祖)

の生涯につ
いては、今回の対談で初めて知りました。

天理教に「一列兄弟」という教えがあります。

池田士郎さんのお話では、人間はみな神の子だから平等だという意味だそうです。

中山みきが活躍された当時、被差別部落の民衆やハンセン病の患者は

いろいろな誤解を受け、非常に差別されていましたが、

中山みきはその人たちを決して拒まず、むしろ積極的に受け入れていた

という伝承が残っているそうです。

また、当時は国をあげて天皇中心の神話を国民に植え付けようとしていた時代

だったので、それとは違う世界観を説く中山みきは、80歳を超えても、たびたび

警察に引っ張られたり監獄に入れられたりしましたが、決して信念を曲げず、

信念を貫かれたと言います。

私は親鸞を尊敬するあまり、他の宗教や宗派を軽く見たりする傾向があります

が、天理教についてもそうでした。

今回の対話に同席させていただいて、自分が偏見の塊(かたまり)であることが

思い知らされました。

恥ずべし、痛むべし。南無阿弥陀仏。

●高木加代子(かよこ)( ~1972年)

高木加代子さんは、高木顕明(たかぎけんみょう 1864~1914年)の養女。

高木顕明氏は大逆事件への関与を疑われて死刑判決

(のちに無期懲役に減刑されるも、服役中に自殺)

に処され、宗門からも追放された。

死後85年を経た1996年4月1日、

真宗大谷派から僧籍復帰の名誉回復がなされた。

現在、新宮市内に顕彰碑が建つ。

高木顕明氏の自殺後、その妻たしとまだ小学生であった養女加代子(かよこ)は

浄泉寺を追われ、生活苦から、加代子は9歳で大須の芸者置屋に売られた。

長じた彼女は売れっ子の芸者となり、浜松で成功。その資金で小料理屋を始め、

不幸な身の上の女性をどんどん雇い入れる。

その間も、加代子は「大逆事件の罪人の娘」として、

定期的に警察署への出頭が命じられ、常時特高警察の監視下に置かれていた。


加代子は天理教に入信、分会長などとして活躍。

父顕明を尊敬していた加代子は、父の50回忌に近い1962年浜松に

高木家の墓を作り、その10年後死去。

墓は縁あって、新宮の南谷に移されたが、

いまなお、天理教型の先が尖(とが)ったままの墓標である。



二頭鳥(()(みょう)鳥)が教えること 浄専寺住職 平野喜之


「メキシコからの移民は強姦魔で、麻薬の密売人。
メキシコとの国境に〝万里の長城〟を築いて、密入国を防ぐべき。
費用はメキシコの負担で」

「イスラム教徒は、アメリカへの入国を禁止しろ!」

「アメリカに居る不法移民1100万人を強制送還する部隊を創設しよう!」

「フセインやカダフィら、独裁者がいた時の方が中東はマシだった」

このような暴言を吐いたドナルド・トランプ氏がアメリカの次期大統領に

選ばれました。

大統領選後には、米国内でイスラム教徒やヒスパニック系ら


を標的にしたヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)などの被害が相次いでいます。

移民排斥やイスラム教徒批判を繰り返してきたトランプ氏の過激発言に便乗して

いるとみられ、被害がさらに広がる恐れもあると言われています。


 私はヘイト(憎悪)という言葉を聞くと、必ず思い出すエピソードがあります。

それを紹介しましょう。

昔、雪山のふもとに身体は一つ、頭が二つの二頭鳥(共命鳥)がいました。

一頭の名前をカルダ、もう一頭の名前をウバカルダといい、

一頭が目覚めている時、もう一頭は眠っています。


ある時、カルダは眠っているウバカルダに黙って、たまたまあった摩頭迦

(まずか)という果樹の花を食べます。

摩頭迦の花を食べることは、二頭ともに利益があると思ったからです。

しかし、ウバカルダは目を覚ました後、黙って食べられた事に対し腹を立てて

憎悪の思いを起すのでした。

またある時、二頭が飛び回っていると、今度は毒花に遭遇します。

憎悪の思いを抱いているウバカルダは思います。

「この毒花を食べて、二頭ともに死んでしまおう」と。

そしてウバカルダはカルダを眠らせ、自ら毒花を食べてしまいます。

眠りから覚めたカルダは瀕死の状態のなか、ウバカルダにいいます。

「昔、お互いに利益があると思って摩頭迦の花を食べたことに対し、

あなたはかえって憎悪の思いを起しました。

まことに瞋恚や愚癡というものに利益はありません。

この様な愚かな心は、自らを傷つけ、他人をも傷つけてしまうからです」

確かに、民族が違い、習慣が違い、考え方が違うと、摩擦は避けられないでしょう。

しかし、自分たちと違うからと言って、差別したり排除したりしていると、

この二頭鳥のように、自分たち自身をも結局は滅ぼしてしまう

ことになるのではないでしょうか?

他の国のこととはいえ、私はそのような危惧の念を抱かずにはいられません。




○憲法前文の精神と阿弥陀如来の願い

日本国憲法の前文の第二段落は、次のようです。

 

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 

ここには、「平和」という言葉が4回も使われています。

仏教でいう「地獄」というのは「互いに相手を害そうとしている状態」ですから、

「地獄」と「平和」は反対のことを意味します。

阿弥陀如来の願いは四十八ありますが、その第一願は、

「自分が国を建立するにあたって、まず地獄をなくしたい」という願いです。

つまり、阿弥陀如来が願いの中で一番最初に願っておられるのが

「平和」ということなのです。

ある先生はお釈迦様のさとりである「涅槃」を「究極的調和」と表現されました。

だから、阿弥陀如来の願いのはたらき(本願他力)は、

「人間を、あるいは人間関係を調和的に保つはたらき」

と理解することができると思います。

私は「人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する」を、

「人間関係を調和的に保つはたらきを深く自覚する」にしたほうが、

真宗門徒に親しみやすくなるのではないかと思います。

この前文では、日本国民だけでなく、全世界の国民に平和のうちに生存する権利

を認めています。

阿弥陀如来は一切衆生に平和を呼びかけますが、

この憲法前文の精神とまさに深く響き合っているように思います。

アメリカは他の国のことだから知らないというのではなく、

アメリカがどんな宗教の人も民族の人も心から安心して暮らせる国になることを

願おうではありませんか。



 
寂しさの正体
 浄専寺住職 平野喜之

 

 今年も皆さんのご協力を賜りまして、報恩講を厳修することが出来ました。

本当に有難うございました。

 今年は、文豪夏目漱石の没後百年ということで、

全国各地でイベントが開かれたり、

テレビでも「夏目漱石の妻」などのドラマが放映されています。

漱石と言えば、たとえば『吾輩は猫である』とか『こころ』が有名ですね。

『こころ』にはこんなフレーズが出て来るのを御存知ですか?

 

「自由と独立と己とにみちた現代に生まれた我々は、
その犠牲としてみんなこの寂しみを味わなくてはならない」


夏目漱石が生きた時代は、長い鎖国が開けた明治時代でした。

日本は生活や文化を西欧から積極的に習おうとしました。

欧米などの国に追いつけ追い越せと、とにかく西洋の文化、技術を取り入れようと

必死になっていたころです。

また、封建時代が終わりを告げたので、個人の幸せを追い求めるようになった

時代でもあります。

人は国家のために生きるのではない、

そう誰もがわかり始めたのもこの頃からでしょう。

国家主義の時代から個人主義の時代へ移り変わるその最中に

夏目漱石は活躍しました。

幸福になるためには、個性を発展させることが大切だと言うことです。

このような考えが漱石のいう「私の個人主義」なのです。

我われの生きているこの時代社会はその「個人主義」が徹底した時代だと、

私は思います。

それは個性を何より大切にし、国家も人権を守るために奉仕するものだという

素晴らしい時代であります。

その一方、漱石は個人主義にはある種の「寂しさ」が付きまとうと言っています。

一体、この「寂しさ」の正体は何でしょうか?

私は、この「寂しさ」を何かで埋めるのではなく、

その正体を見極めることが大事だと思います。

もしこの「寂しさ」の正体を見極めずに、

ただ何かの(娯楽などで)埋め合わせようとするのは、それはごまかしでしょう。

また個人主義を放棄して集団の中に埋没しようとするなら、

再び、国家主義に陥ることになるでしょう。

皆さんと、この「寂しさ」の正体を親鸞聖人の教えに学んでいきたいと思います。




 浄専寺 報恩講

 

◎10月14日(金)

 

・午後1時半~ 勤行(おつとめ)

 ()(きょう)の集い(おかみそり)

 

 

・午後2時~ 

 法話 荒木範夫(のりお)氏(金沢)



・午後7時~ 

 Eテレ・ドキュメンタリー

 

詩人・岩崎(いわさき) 航(わたる)(筋ジストロフイー患者)の生き方に学ぶ

 

 上映後、住職が補足説明をします。

 

◎15日(土)

境内のお店

 
 

 

・午後1時半~ 勤行(おつとめ)

 

  法話 河合(しょう)(げん)


 

・午後7時~ 生きることを学ぶ会

 

合唱とコンサートの夕べ

 
♫高松少年少女合唱団



♫はまなすコーラス


 

 

♪河合清閑コンサート



◎16日(日)

 

・午前8時半~ 勤行(おつとめ)・法話 住職

 

・午後1時半~ 勤行(おつとめ)・法話 住職


報恩講の期間中は、大人の作品も子どもの作品も、
本堂に展示させていただいています










忘れない、あきらめない、屈しない  浄専寺住職 平野喜之

 安保法制が成立してから、約一年が経ちました。次のようなことを指摘する学者もいらっしゃいます。

「この法律が通ったあと、野党は臨時国会の請求をしました。

臨時国会の請求は、憲法五三条に書いてある、あたりまえの権利です。

これを与党は無視しました。憲法に書いてあることが守られていない状況が続いている。」

(藤原辰史・京都大学人文科学研究所)

 これを読んで私には、次のような疑問が沸き起こってきました。

「そもそも憲法を守ろうとしないのに、道徳教育が大事だとか、国を愛する心が大事だとか、

美しい国を作ろう、と言っても、説得力がないのではないだろうか?」

昨年、安保法制が成立してから5日後に、自由と平和のための京大有志の会から出された

「あしたのための声明書」を紹介します。



わたしたちは、忘れない。

人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔(こうがん)を。

戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と
(ののし)った議員の無恥(むち)を。

強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った
官房(かんぼう)長官の傲慢を。

わたしたちは、忘れない。

マスコミを()らしめる、と恫喝(どうかつ)した議員の思い上がりを。

権力に()び、おもねるだけの報道人と言論人の(みにく)さを。

居眠(いねむ)りに(ふけ)る議員たちの弛緩(しかん)を。

わたしたちは、忘れない。

声を上げた若者たちの美しさを。

街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。

内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。

わたしたちは、忘れない。

戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。

路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。

聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。

きょうは、はじまりの日。

憲法を(おとし)めた法律を(ほうむ)り去る作業のはじまり。

賛成票を投じたツケを議員たちが苦々(にがにが)しく()みしめる日々のはじまり。

人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。

自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。

わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。



善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり 住職 平野喜之(よしゆき)

7月、「重度障がい者は生きていてもしょうがないから安楽死させた方がいい」と

発言していた元施設職員が、相模原市で障がい者十九人を殺害する事件が

起きました。

新聞やテレビなどの各メディアは、その事件に関してその元職員の「異常さ」ばかり

を強調するような報道をしていましたが、

この元職員の言動は私たちの社会の根底に潜んでいる

「役に立つか役に立たないかでいのちをはかる、有用性重視の考え方」

を映しているのではないでしょうか?

 
親鸞聖人は、和讃で次のように言われています。

 

よしあしの文字をもしらぬひとはみな

まことのこころなりけるを

善悪の字しりがおは

おおそらごとのかたちなり


私たちは何が善であり何が悪であるかをよく知っているようにどこかで錯覚して

いますが、我われの善悪の「物差し」は結局、

役に立つか立たないかという物差しではないでしょうか?

その善悪観の行き着くところこそ「重度障がい者は生きていてもしょうがない」

という考えではないでしょうか?

今の社会はすぐ結果を求めようとします。

食事や入浴に介護が必要で、一人で生きていけない人たちに

結果を求めるのは難しいでしょう。

しかし、彼ら(重度の知的障がい者)が生きていける社会こそ、

私たちが目指すべき社会ではないでしょうか。


滋賀県東近江市にある止揚学園は、

知能に重い障害をもつひとたちの支援施設です。

現在、園長をしておられる福井 生(ふくい いくる)さんは、

止揚学園のホームページで、次のように言われています。

 

私は創設者(福井(たつ)())の子どもとして生まれ、

障害のある人たちに囲まれ育った。

みんなが小学生のころ、毎朝学校まで競争した 。

「絶対走らない」とルールを決めたが、

私はみんなが見えなくなったとたん一日散に走った。

「るーちゃん速いな」と褒めてくれるのがうれしくて。

でも、みんなにとっては競争じゃなくて、

私のうれしそうな顔を見るのが楽しみだったんだと思う。

今も止揚学園の運動会でマラソンをするが、

最後の人も手を振ってゴールする。

1位を争うことよりも、100人と一緒に走ったことが彼らの喜びや誇りになる。

そういう、私たちが忘れている大切なことを、

彼らは言葉を話せなくても笑顔で教えてくれる。



生きることを学ぶ会

    8月31日(水)午後7時半~

「カルト問題を学び、カルト問題に学ぶ」

講師 瓜生(うりゅう)(たかし)

(真宗大谷派玄照寺住職 日本脱カルト協会理事)

★カルトとは、熱狂的宗教集団(教団)、あるいは反社会的宗教集団のことです。






増田康記(やすのり)コンサート

    8月21日(日)午後7時半~










原爆パネル展

8月13~17日 午前10時~午後5時



 

いわさきちひろ展

(ちひろの絵 と 平和へのメッセージ)

8月18~21日 午前10時~午後5時








 

「ちひろからのメッセージに学ぶ」8月20日(土)午後4時~

前住職 平野道雄

 

浄専寺 全戦没者(つい)(ちょう)(ほう)()

8月15日(月)

午前11時~ 法話 当寺住職



11時半「勿忘(わすれな)の鐘」

戦争を忘れないように、平和を願って、皆さんと鐘をつきます。







 






本願力とは?  住職 平野喜之

 

1963年(昭和38年)の8月28日、キング牧師氏は、アメリカ合衆国の首都、

リンカーン記念堂へ向かうワシントン大行進で、

「I Have a Dream(私には夢がある)」で知られる演説を行い、

人種差別の撤廃を訴えました。

 

私には夢があります。いつの日にか、かつての奴隷の子供たちと、

かつての奴隷を使っていた人の子供たちが、

兄弟愛というテーブルに一緒に座れるようになるという夢が


「あらゆる谷が高められ、あらゆる丘と山は低められ、

でこぼこした所は平らにならされ、

曲がった道がまっすぐにされ、そして神の栄光が啓示され、

生きとし生けるものがその栄光を共に見ることになる。(中略)

この信念があれば、われわれは、絶望の山から希望の石を切り出すことが

できるだろう。

この信念があれば、われわれは、この国の騒然たる不協和音を、

兄弟愛の美しい交響曲に変えることができるだろう。


この信念があれば、われわれは、いつの日か自由になると信じて、

共に働き、共に祈り、共に闘い、共に牢獄に入り、

共に自由のために立ち上がることができるだろう。」


ところで、親鸞聖人に次のような御和讃があります。

清風(しょうふう)宝樹(ほうじゅ)をふくときは

 いつつの音声(おんじょう)いだしつつ

 (きゅう)(しょう)()して自然(じねん)なり

 清浄(しょうじょう)(くん)(らい)すべし

(註)いつつの音声とは、中国の伝統音楽の5つの音階で「宮・商・角・徴・羽」のこと

 

(きゅう)(しょう)は不協和音ですから、

阿弥陀仏から吹く清らかな風が不協和音を和音に変える

という意味です。

キング牧師の演説と親鸞聖人の御和讃は同じ内容を言っていることになります。


本願力に遇えば、世界中の人たちが皆兄弟であるように感じられると言われます。

ですから私は本願力を「人間関係を調和的に保つはたらき」と理解しています。



 浄専寺 (ぎょう)(てん)講座(午前6~7時)

 

7月30日(土)武田裕一氏 (津幡・徳願寺)


7月31日(日)平野喜之


「現代と宗教講座」()(どう)(きょう)(ほう)()  (午後1時半~)



7月15日(金) 平野喜之 (当寺 住職)

 7月16日(土) 平野慶之(やすゆき)  (白山市・明証寺)


7月17日(日) 荒木(のり)()氏 (金沢)



 7月18日(月・祝) 今井(ゆう)() (金沢 聞善寺)



7月19日(火)春秋(はるあき) (すすむ) (白山市・仙龍寺)






憲法九条について 住職 平野喜之

井上ひさしの文を紹介します。  


もう二度と(いくさ)はしない(九条)

 私たちは、人間らしい生き方を尊ぶという
まことの世界をまごころから願っている

 

人間らしく生きるための決まりを大切にする

おだやかな世界をまっすぐ願っている


だから私たちは
どんなもめごとが起こっても 
これまでのように、軍隊や武器の力で
 かたづけてしまうやり方は選ばない


 
殺したり殺されたりするのは

人間らしい生き方だとは考えられないからだ


 どんな国も自分を守るために
 
軍隊をもつことができる

 

けれども私たちは 
人間としての勇気をふるいおこして 
この国がつづくかぎり 
その立場を捨てることにした

 

どんなもめごとも 
筋道をたどってよく考えて 
ことばの力をつくせば 
かならずしずまると信じるからである

 

よく考えぬかれたことばこそ 
私たちのほんとうの力なのだ

  

国連は現在、戦争を阻止するような力はない。
しかし、もし日本が
憲法九条を実行することを国連で宣言すると、
それに同意する国々が出てくるに違いない。

そしてそのような諸国の「連合」が拡大すると、
カントが人類史の目標とした永遠に平和な「世界共和国」を実現していく大きな力になる。

このように哲学者の柄谷行人(からたにこうじん)氏は言います。

確かに日本の現状は憲法九条に反しています。米軍基地が各地にあり、
自衛隊には莫大な国家予算がついています。

憲法九条の文言を素直に読めば、こんなことがありうるわけがないはずです。

 国連の場で憲法九条を本当に実行することを宣言する。

そのことこそが、日本が世界平和に最も貢献することになるでしょう。

そしてそれこそが、日本にとっての最も優れた安全保障政策になるのではないでしょうか?



6月29日(水)午後7時半~

生きることを学ぶ会

・講題 「鶴彬と岩手 ―田中正造の生き方―」

講師 宇部(うべ)(いさお)

(元小学校校長・岩手県盛岡市在住)


田中正造は、

明治34(1901)年12月10日、

天皇に足尾鉱毒事件の解決を訴えるため直訴を決行しました。

その直訴の報を伝え聞いた、中学生(岩手県盛岡中学)だった石川啄木は、

 

夕川に葦は枯れたり血にまどふ民の叫びのなど悲しきや

 

と、31文字にその思いを託しました。








↑懇親会



◎生きることを学ぶ会 

・講題 「子どもたちに贈りたい宝物とは?」

講師 金森(かなもり)俊朗(としろう)氏(北陸学院大学教授)

  19日(日)午後2時~


金森俊朗先生からのメッセージ

 

私が祖母から贈られた宝物の一つは、朝のひととき。

仏壇におまいりしながら、自分に向き合う時間の大切さだったように思う。

 父からは、労働の技術と段取り。母からは、他者の声にとことん耳を傾け、

ひととひとをつなぐこと。

 そして名も顔も知らない多くの先祖の人々から、今の憲法を…。

緑豊かな大地を…。

 たくさんの宝物によって私たちは生きている。生かされている。

 そんなことに、今一度、思を寄せてみたいと思っています。





地獄(どう)を超える  浄専寺住職 平野喜之

 お釈迦さまは生まれると、七歩歩いたと伝えられています。

七歩歩いたという意味は、六道を超えられたということです。

六道とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天という六つの迷いの道のことです。

今回は、地獄道について述べたいと思います

(大谷大学の「きょうのことば」を参考にしました)。


 平安時代に源信僧都という僧侶が『往生要集』を著わしました。

その『往生要集』は、地獄の様子が描かれていることで有名です。

その地獄の
中でも最も厭うべき世界として「阿鼻(あび)地獄」が説かれています。

「阿鼻」とは、「無間(むけん)」という意味ですが、

絶え間なく苦しみを受けなければならないという、

地獄でも最下底に位置する世界です。

ここの住人は、

他の地獄の住人があたかも天での生活を楽しんでいるかのようにさえ見える

と言います。

 

我、今、帰するところ無く、孤独にして同伴無し

(私は今、もはや帰るべき場所もない。

たった一人で、友も無く、地獄に堕ちていく)

 

この言葉は、この「阿鼻地獄」に堕ちていくときに、

罪人が泣き叫びながら詠む詩とされています。

また地獄の住人同士は、

 

互に常に害心を懐けり

 

という関係を生きているとも説かれています。

地獄とは、自らの欲望ばかりを優先させて生きてきた者が堕ちていく世界です。

他者を傷つけても痛みを感じることが無い者が、終には堕ちていく世界です。


人間は元来、多くのものと共に在り、支え合いながら生きています。

しかし、このような当たり前のことを無視し、共に在ることを見失った者は、

一人、孤独の世界に堕ちていかなければなりません。

友も無く、永遠の孤独に満ちた世界で、

長い長い地獄の苦しみを背負っていかなければならないのです。


地獄は戦争だけには限りませんが、戦争はまさしく地獄です。

お釈迦様は、どんな人間もが持っている損・得の感情や、好き・嫌いの感情が、

その感情に執着することによって、

本来、互いに支え合わなければならないもの同士が、

敵・味方という人間関係を作ってしまっていると教えて下さいます。

そういう、敵・味方という人間関係の在り方をいかにして乗り越えるか。

それが、地獄道を超えて生きるという私たちの課題でしょう。




◎生きることを学ぶ会 

 豊田勇造コンサート  

5月22
(日)午後2~3時半


 

 

 



畜生(ちくしょう)(どう)を超える 浄専寺住職 平野喜之

 今年の浄専寺の花まつりは、好天候に恵まれたこともあって、

たくさんの方々のお参りがありました。

皆さんには紙芝居を楽しんでいただき、甘茶をお釈迦さまにかけていただきました。


その後、子どもさんたちは、はりきって白象を引いて町内をパレードし、

それを見守る方々も「あら、可愛いネ」とニコニコ顔でした。

子供たちや皆さんの笑顔を見て、

また来年も花まつりが出来たらいいなと思いました。

また来年も、ご協力よろしくお願いします。

さて先月もこの「御堂たより」で述べたことですが、

お釈迦さまは生まれると、七歩歩いたと伝えられています。

七歩歩いたという意味は、六道を超えられたということです。

六道とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天という六つの迷いの道のことです。

今回は、畜生道について述べたいと思います。

平安時代に源信僧都という僧侶が『往生要集』を著わしました。

その『往生要集』は、地獄の様子が描かれていることで有名です。

その本に、畜生について説明してあるところがあります。

常に怖懼(ふく)を懐けり


畜生は、常におそれをいだいている状態です。

おそれとは、見捨てられることの恐怖です。

ペットの犬は、飼い主から餌をもらいさえすれば生きていけるので、

自分で餌を探したり、他の動物と餌の取り合いをしなくてもよい気楽さがある反面、

その飼い主から見捨てられたら生きていけない恐怖も抱えているはずです。

だから、飼い主の機嫌にビクビクしているのです。

畜生とはそのような状態なのです。

先月『嫌われる勇気』(岸見一郎著)という本のことに少し触れました。

その本の中に
賞罰(しょうばつ)教育の弊害(へいがい)のことが述べられていました。

賞罰教育とは、叱ったり
()めたりする教育のことですが、

そのような育てられ方をすると、

他人に褒められるから○○をする、他人に叱られるから○○をしない、

ということになり、善いか悪いかは他人が判断してくれて、自分はそれに従うだけ、

という人に育ち、さらに他人の評価にビクビクする人になるとか。

「どうして言う通りにしないの」と叱るのではなく、

「こうすれば、うまくいくと思うけど」と穏やかに教える。


 「偉いね」と褒めるのではなく、「有難う。おかげで助かったよ」とお礼を言う。

言い方ひとつでずいぶん違いますね。

アドラー流の畜生道を超える方法かもしれません。


「言うは(やす)し、行うは(かた)し」ですね。




◎花まつり   4月3日(日)午前10~11時半 

・お釈迦さまのご一生を紙芝居で学びます。


・お釈迦さまに甘茶をかけます。

・おいしい甘茶をいただきます。

・白象パレードをします。


当日の写真です。

 


















 


◎生きることを学ぶ会 17日(日)午後2~3時半

鈴木章子(あやこ)さんの仏教詩と死に学ぶ

~末期ガン がたがた廻る 走馬灯


 鈴木章子さんの紹介

鈴木章子さんは北海道西念寺の坊守さん、そして四人の子供のお母さんでした。

昭和五九年五月、四二歳の時、乳ガンの告知を受け、

亡くなるまでの四年間に左肺に転移、右肺に転々移、子宮、卵巣にも転々移、

脳にまで転移してしまうのです。

四年間の闘病生活をどのようにおくられたか、本人の声を交えてふり返ります。




餓鬼道を超える 浄専寺住職 平野喜之

花祭りの季節になりました。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

今年も浄専寺では、四月三日(日)に花まつりを開催します。

花まつりとは、今から約三千年前にインドでお生まれになったお釈迦さまの

誕生をお祝いする祭りです。

お釈迦さまは生まれると、七歩歩いたと伝えられています。

七歩歩いたという意味は、六道を超えられたということです。

六道とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天という六つの迷いの道の

ことです。

今回は、餓鬼道について述べたいと思います。

平安時代に源信僧都という僧侶が『往生要集』を著わしました。

その『往生要集』は、地獄の様子が描かれていることで有名です。

その本に、餓鬼について説明してあるところがあります。

之を食らえども常に
飢乏(きぼう)

餓鬼とは、いくら食べても満足しない状態というように、食べることに

ついて満足のない状態を餓鬼と言いますが、

それはたとえです。

餓鬼とはつまり、どれだけほしいと思ったものを手にいれても満足のない

状態のことです。


清沢満之先生は、この餓鬼の本質を自我的欲望と言われました。

自我的欲望とは、「自分がえらくおもわれたい、自分が貴ばれたい」という

欲望だそうです。

その欲望に果てがありません。


話は少し横道にそれますが、最近『嫌われる勇気』(岸見一郎著)という

本がベストセラーになり、

売り上げ部数は、すでに100万部を突破したそうです。

その本がそれだけ求められている背景には、「他人に嫌われたくない」と

いう思いに、誰もが縛られているということが

あるのではないでしょうか?

「自分がえらくおもわれたい」という自我的欲望も、

「他人に嫌われたくない」という思いも、根は同じだと思います。

その思いに振り回されている状態を餓鬼というのです。

では、お釈迦さまはどのようにしてその餓鬼道を超えられたのでしょうか?

それは、お釈迦さまが「存在の満足」を得られたからだと言われます。

お釈迦さまは「自分が今ここに存在していることは非常に稀なことであり

尊いことだ」ということに気づかれたのです。

他人の評価が気になるのは、一見他人の眼が問題のように見えますが、

それだけではありません。

実は、自分が今ここにいることに本当の満足がない原因があると、

そのように仏教では指摘されています。

「あなたはあなたであっていい」という呼びかける声が聞こえるとき、

初めて私たちは自分が自分に落ち着くことができるのです。




◎「生きることを学ぶ会」

3月27日(日)夜7時半~

講題 「微笑みつつ銃口に向かう」

講師 宮森忠利氏 (北陸大谷高校教諭 慈光学舎舎主)



について  浄専寺住職 平野喜之

『日付の大きいカレンダー』という本が最近出版されて、話題になっています

(詳しくは、左のページの「この本に注目」のコーナーをご覧ください)。

その著者である岩崎航(いわさき・わたる)さんがこの本の中で

「魔」について説明しておられますので紹介します。

 

 仏教には「魔」という言葉があり、別名「奪命者(だつみょうしゃ)」とも訳されています。

広くは「生命力を奪い、生きることを阻(はば)もうとするはたらき」のことをいいますが、

それは目に見えるものであったり、目に見えない形であったり、

多様な現れかたがあると思います。(23、24頁)

ここで岩崎さんが言われている生命力とは、もちろんいわゆる生物学的な生命力も含みますが、

それだけではありません。「生きよう」とする意欲も表します。

いやむしろ、岩崎さんがここで問題にされているのは、

「生きよう」とする意欲のほうだと思います。

私たちは病気をしたとき、とにかく生物学的な意味で苦しみます

(たとえば、あそこが痛いとかここが痛いとか)。

しかし、それだけではありません。

「生きよう」とする意欲そのものが奪われることもあります。

それを岩崎さんは
〝病魔〟と呼び、〝病〟と区別されるのです。

岩崎さんは、現在も筋ジストロフィ―という難病と〝闘病〟中ですが、

それは決して〝病〟と闘うことではなく、〝病魔〟と闘っていくことだと、はっきり言われます。

そのことを述べたところを紹介しましょう。

僕が抱え込んでいる病そのものを否定することはできません。

もしそうしようというなら、生きていく自分の存在そのものを丸ごと無かったものとして、

消し去ってしまうしかなくなります。

けれどそんなことは、現実にはできないし、あり得ない幻想でしかありません。(中略)


 困難な事態に直面し、手も足も出なくなって、くじけそうになること。

僕自身、今もそういう瞬間がたびたびあります。

わが身の不自由さをとことんまで思い知らされ、打ちのめされる。

そのたびに何とも言いようのない暗澹(あんたん)たる気持ちにのみこまれそうになりますが、

それも内心に立ち現れる〝病魔〟のはたらきと思っています。(同書 二四、二五頁より)

病気に限らず、私たち自身の中に、自分の人生を生ききることを妨げようとする

何ものかがあります。

それを魔と言います。お釈迦さまもまた、魔に襲われましたが、その正体を妄想だと見破ると、

魔は消えたそうです。

聞法とは、自分自身の魔に気づき、その正体を妄想だと自覚することなのです。



『日付の大きいカレンダー』

著者 岩崎航(いわさき・わたる)

出版社 ナナロク社

著者の紹介

詩人。1976年1月、仙台市生。

3歳の頃に進行性筋ジストロフィーを発症。

25歳から詩を書き始め、2004年の秋からは五行歌を読む。

2013年7月、詩集『点滴ボール 生き抜くという・旗印』

(写真・齋藤陽道/ナナロク社)を刊行。

 

『日付の大きいカレンダー』の「まえがき」より、岩崎航さんご本人の文章を抜粋し、

皆さんに紹介したいと思います。

 


 僕は岩崎航といいます。仙台に住んでいます。

五行歌(ごぎょうか)という形式で詩を書いています。

三歳で筋ジストロフィ―を発症しました。

筋肉の細胞が正常に作れず、少しずつ筋力が衰えていく病気です。

現在は生活の全てに介助が必要な体で、胃ろうからの経管栄養、

人工呼吸を二十四時間使いながら生きています。

十七才のとき、自殺を考えました。

病(やまい)を持っている自分では将来に何の希望もないと思い込んでいたのです。

みんなはできるけれど自分はできない。

同世代の健康な人たちと自身の境遇(きょうぐう)を比べてしまい、

できないことばかりに心が縛られていました。

今は
「病をふくめたありのままの姿」で生きることがとても自然に思えています。

(中略)

 

 日付の大きい

カレンダーにする

一日、一日が

よく見えるように

大切にできるように

 

僕も皆さんと一緒に、何気ない一日という大きな一日一日を、

大切に生きたいと思います。

 


次の五行歌は、同書第一章「一日、一日、」より抜粋したものです。

 

誰もがある

いのちの奥底の

燠火(おきび)は吹き消せない

消えたと思うのは

こころの 錯覚(さっかく)

 



◎「現代と宗教講座」永代経法会  午後1時半~

 

10日(水)細川公英氏(金沢・順教寺)

11日(木)荒木範夫氏(金沢)

12日(金)大窪(おおくぼ)祐宣(ゆうせん)氏(柳瀬・専勝寺)

13日(土)武田裕一氏(津幡・徳願寺)

14日(日)平野喜之(当寺 住職)

14日は()(そう)()法要も兼ねます。

 ()(そう)()について

二月一九日は、安田理深師の祥月(しょうつき)命日です。

安田先生の法名は理深ですが、号は「無窓」と名のられました。

2月14日は、安田先生が無窓を号とされた意味について、自分の受け止めたところをお話したいです。




宗教と非暴力  浄専寺住職 平野喜之

本当の宗教は、平和で豊かで平等な人間関係をもたらすはずなのに、

その宗教の名のもとに、どうしてこれほどの暴力と破壊がなされるのか?


いくら複雑な歴史的背景があるとはいえ、ISによる無差別テロ行為の報道

を聞くたびに、この問いが私に沸き上がってきます。

今年は、宗教はどうして暴力を生み出すのか、

仏教徒が非暴力を生きることができる根拠とは何か?

それをテーマに教えを聞いていきたいと思っています。

皆さんは、ティク・ナット・ハン(一九二六年生まれ)という

ベトナム生まれの僧侶を御存知でしょうか?
    

16歳のときに出家して禅僧になるのですが、僧侶も科学と西洋思想を学ぶ

べきだと主張して、僧院を追われ、サイゴンに出て、

詩と小説を書いて生計をたてます。

のちに僧院に戻って、後進を指導します。

ベトナム戦争中、「行動する仏教」の指導者となり、

以降、被災者、難民の救済に尽くされます。

一九五〇~六〇年代、社会福祉青年学校、ヴァン・ハン仏教大学、

ティエプ・ヒエン(相互生存)教団を創立されます。

ティク・ナット・ハン氏は、ベトナム戦争中、

信頼する僧侶や近しい人たちが殺され、失望、落胆、

そして激しい怒りが自分に沸き起こってくる中、

そういう自分の気持ちと向き合いながら、非暴力を立場に仏教徒として

歩み続けられます。


彼が創設した相互生存教団の戒律の第一条を紹介しましょう。



どのような教条、理論、イデオロギーであっても、

たとえそれが仏教のものであっても、

それを盲目的に崇拝し、あるいはそれに縛られてはならない。

すべての思想体系は、人を導くための手段であって、

絶対的真理ではない。




またハン氏は、次のように言われます。



もしあなたが、銃を手にすれば、一人、二人、三人、あるいは五人を撃ちます。

しかし、あなたがイデオロギー(観念)をもち、それが絶対だと思って、

それにしがみつくならば

何百人の人たちを殺します。この(第一条の)戒律は、

もっとも深い意味で、殺さないという戒律を含んでいます。

人類は、ものの見方への執着のために、非常に苦しんでいます。(中略)

平和は、私たちがものの見方にとらわれず、

狂信から自由であるときにのみ達成されます。




「自分たちのものの見方こそ唯一の真理だ」という考えから暴力は生まれる

とすれば、

自分は愚かで不完全であるという自覚に立つことが、

仏教徒として非暴力を生きるということでしょう。




ブッダ・パーティー

(旧名 (あま)()(こう)

1月11日(月・祝)午後1時半~

・法話 住職

・午後2時 親睦会


 

出演 おどる舞う会









宿業と使命    浄専寺住職 平野喜之

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は、戦後七〇年ということで、戦争経験者を取材するドキュメンタリー番組

がいくつか放送されていました。

15年戦争(太平洋戦争)当時、小学生だった方も、今では80代になっておられま

した。インタビューを受けられた方々誰もが、「戦争は愚かで悲惨だ。絶対にして

はいけない」と、自分のつらい体験を語って下さり、さらにはこの日本の行く末を

とても心配して下さいました。年々、そういう方々も少なくなっていくことを思う

と、そのお声をしっかり胸に刻まなければならないと、自分に言い聞かせました。


 私はそのような番組を見て、一つ印象に残ったことがあります。

それは、戦争体験を語られる方々の中に、

「どうして私は生き残ってしまったのか」

という罪悪感を持たれる方がいらっしゃり、そういう方が決して少なくない

ということです。


仏教に「宿業」という言葉があります。

誤解されて使われていることが多いのですが、今、自分がここに生きているという

事実は、自分の思いを超えていると同時に、その事実には責任があると教えている

言葉です。

「運命」という言葉に似ていますが、違います。

どこが違うかというと、運命には責任がないのです。

しかし宿業は、自分がこうなったのは思い計らいを超えているという点では

運命に似ていますが、

「それはあなたの責任だからあなたが引き受ける他はない」

ということを教える点が、運命と違います。
 
安田理深という先生は、「宿業」を「実存的責任感」と言われました。

倫理的には責任がなくても感じる責任だというのです。

人を押しのけて生き残った場合は罪や責任がないとは言えませんが、

たまたま生き残ったことには、倫理的には全く責任はありません。

しかし、倫理的には全く責任がないにも関わらず、自分に責任があると引き受ける

と、大事な使命が感じられてくるだろうと、安田先生は言われるのです。

「どうして自分だけ生き残ったんだろうか」という罪の意識が、

ただ罪悪感だけで終わるのではなく、

「自分は戦争の愚かさ悲惨さを語るために、生き残ったんだ。

これは自分に与えられた宿業だ」

と引き受けられたとき、

戦争の語り部としての使命が生まれたのではないか、と思えてなりません。



私たちも、自分の思いを超えて与えられた現実を、運命とあきらめたり

人のせいにするのではなく、自分に与えられた宿業であると受け止めて、

何かそこに使命を感じられればいいですね。



この年末に思うこと徒然(つれづれ)   浄専寺住職 平野喜之しまっているのではないだろうか?そこにはすでにその価値を持ち合わせていない人への軽蔑、批判、

時が経つのは早いもので、もう2015年が終ろうとしています。皆さんのこの1年はいかがでしたか。

 今年は、4月に「生きることを学ぶ会」で、「戦争やテロから問われること」という題で、

お話しさせていただきました。

戦争というテーマだけでも時間が足りないのに、テロについてまでもお話しさせていただいたのには

理由があります。

それは、アメリカの対テロ戦争という考え、テロとの戦いという考え方はよくない、

と常々思っていまして、どうしてよくないのか、その理由をはっきりさせ、皆さんにお伝えしたい

という気持ちがあったからでした。

 厳重警備体制だったにもかかわらず、パリ中心部の劇場やレストラン、近郊のスタジアムで同時多発テロが

あり、死者は120人を超え、全世界に衝撃を与え、テロ行為を防止することの困難さを浮き彫りにしました。

フランス政府はISによるものと断定しました。

もしISだったとすると、皮肉な結果です。

ISはアメリカの対テロ戦争(たとえば、イラク戦争)が生み出したと言われているからです。

そうすると、対テロ戦争は、対「対テロ」戦争を生み出したことになります。

「鬼は外」は福を招いたのではなく、鬼からの復讐を招いたことになるのです。

だから、
〈それ〉が原因でテロリストが生まれてくる〈貧困や差別の問題〉に取り組み、

テロの標的にならない国を目指すこと以外に、本当の意味でのテロの脅威から国を守る方法はないと思います。

少し話題は変わりますが、11月7日に放送された

ETV特集『それはホロコーストのリハーサルだった~障害者虐殺70年目の真実』を見て

いろいろ考えさせられました。

ある人を健常者として見、健常なることをほめたたえるとき、

そこには健常者でないと判断された人への軽蔑、批判、ときには攻撃という意味が含まれてしまっている

のではないでしょうか?

それが多数の人に受け入れられ、正当化され、制度化され、断種法や虐殺施設まで生まれてしまったのでした。

しかし、ある牧師さんが勇気をもって、

「障害者を殺すことは〈恵みの死〉でも何でもなく、虐殺に過ぎない」と説教し、

その説教が人々の間に広がり始めたとき、国民の人気を気にした体制側が、ついに中止命令を出しました。

人の心の闇(差別心)は永遠に変わらないでしょう。

しかし、
闇が生み出す制度や施設などの(虐殺の)仕組みは、努力によって変えられる場合があります。

その可能性がある限り、変える努力は決して怠ってはならないと、その番組から教えられた気がしました。

そこにはすでにその価値を持ち合わせていない人への軽蔑、批判、

しかし、ある牧師さんが勇気をもって、「障害者を殺すことは〈恵みの死〉でもなんでもなく、虐殺に過ぎないと説教し、ナチスの厳しい監視にもかかわらず、その説教が人々の間に広がり始めたとき国民の人気を気にした体制側が、ついに中止命令を出した。人の心の闇は永遠に変わしかし、闇が生み出し支えた制度や施設などの虐殺の仕組みは、努力によって変えられる場合がだから、その可能性がある限り、その努力は決して怠ってはならない、ある意味で救いようのない人間の事実を突きつけたその番組か教えられ



〈鬼は外・福は内〉の心   浄専寺住職 平野喜之

 

 今年も皆さんのご協力を賜りまして、報恩講を厳修することが出来ました。本当に有難うございました。

 ところで皆さん、節分っていつか御存知ですか?

もとはそれぞれの季節がおわる日、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日を言ったそうです。

だから、11月8日(立冬)の前日である11月7日も節分なのですよ。

節分の夜には、「鬼は外、福は内」と唱えながら豆まきをしますよね。

この豆まきは、節分のときにしか行いませんが、私たちの日ごろの心はこの〈鬼は外・福は内〉の心、

つまり、自分の都合のよいものだけこっちに来
い、嫌なものはあっち行けの心、ではないでしょうか?

 お釈迦さまは若いときに、老・病・死を苦しみとしてしか感じられないなら、

人生は孤独と無力と絶望に向って歩んでいるようなものだ、

と気づかれ、出家されました。

そして、ついに35歳で悟りを開いたと言われています。

何を悟られたかと言いますと、まず苦しみの原因を悟られたといいます。

苦しみの原因とは、老・病・死ではなく、この〈鬼は外・福は内〉の心でした。

「老・病・死」はあっち行け、「若さ・健康・長生き」はこっち来いの心によって、

お釈迦さまは苦しめられていたのでした。


老・病・死が自分を苦しめる鬼ではなく、それを鬼としか見られない心こそ苦しみの原因
だったのです。

 ある全盲の6年生の男の子が先生に、

そりゃ 先生 もし見えたら 真っ先に お母ちゃんの顔が見たいわ 

だけど もし 見えたら ぼくなんか あれも見たい これも見たいと 気が散って

 ダメになってしまうかもわからへん 

見えんかて 別に どういうこともあらへん


先生 そりゃ 見えへんのは不自由やで でも ぼく 不幸や思ったこといっぺんもあらへん 

先生 不自由と不幸は 違うんやな

と言ったといいます。

この男の子によると、不自由と不幸は違うということです。

確かに、老や病は、今までできなかったことが出来なくなってしまうからつらいでしょう。

しかし、それは決して不幸とイコールではないのです。


お釈迦さまは菩提樹の下で「すべてはつながりの中にある。

自分は生かされて生きている」ことを悟られました。

老いても、「おかげさま」で生かされて生きていることに気づけば必ずしも不幸ではないし、

若くてもそれに気づかなかったら不幸ではないでしょうか?


私は「老」さえも、この「老」のおかげでと言える世界を頂きたいものです。


 

浄専寺では、 16日(金)、17日(土)、18日(日)に、報恩講を勤めさせていただきますが、
報恩講の期間中は、
大人の作品も子どもの作品も、本堂に展示させていただいています。
当日の写真

 
 
 

 

 浄専寺 報恩講

当日の写真

 

16日(金)

 

・午後1時半~ 勤行

・帰敬の集い(おかみそり)

 

 

・午後2時~ 

法話 荒木範夫氏(金沢)

 

 

・午後7時~ 

 

BBC制作ドキュメンタリー作品

「山口ストーリー」上映

約30年前にBBC(英国放送協会)が制作したドキュメンタリー作品。
日本の宗教事情を取材し、あるサラリーマンの家族(「山口」は仮名)に実際に起こった出来事を
ドラマ仕立てで再現しつつ、

本当の幸せとは何か、宗教の救いとは何か
を問う。(約40分)

 上映前後、住職が補足説明をします。

 

17日(土)

 

午後1時半 勤行

 

 

  法話 松田()(せい)(金沢出身の

僧侶&シンガーソングライター)

 

 

午後7時 生きることを学ぶ会

 

合唱とコンサートの夕べ

♫高松少年少女合唱団

 

♪松田亜世コンサート




松田亜世のプロフィール 

・1979年、石川県金沢市に生まれる。小学四年生の時、歌の道を志す。

・2007年、ミニアルバム『がんばるまっし』を全国発売。

・2009年、待望のフルアルバム『おかえり』を全国発売。
30歳を迎えたのを機に京都・東本願寺にて得度。
真宗大谷派の僧侶となる。

 

18日(日)

 

午前8時半 勤行・法話 住職

 

午後1時半 勤行 

朗読劇「空の村号」

(福島の民話を語る会)

作:篠原久美子 演出:高田伸一

福島原発事故で家族や友人、故郷との離別を余儀なくされた少年の物語。

本番は撮影禁止なので、リハーサルの様子です。





朗読劇の本番が終わったあと、見ていた私達(3人)と劇団の方々(9人)とで座談会。

 
 
 



報恩講中日には、境内に下伊丹町商店街の皆さんやサイトウとうふ店の皆さんが、お店を出してくださいます。

 
 



あの日の「痛み」を忘れぬように  浄専寺住職 平野喜之

 

 今年の浄専寺の報恩講の日程は、

10月16、17、18日ですが、

その最終日の18日には、本堂で

 

「空の村号」

 

という朗読劇をします。

出演者は、福島からの避難者やその支援者でつくる「福島の民話を語る会」

のメンバーです。

東日本大震災後、福島県を訪れた劇作家・篠原久美子さんが制作した物語を、

金沢市の

「劇団110SHOW(いっとうしょう)」の高田伸一さんが演出しました。

以下が、おおよそのストーリーです。

少年は酪農家の長男で農村に暮らす小学五年の「空」。

のどかな日々が放射能の影響で激変。

父親は牛の
乳搾(ちちしぼ)りをしてすぐに捨て、妹は部屋でふさぎ込んだ。

友人と外で遊ぶことも難しくなった。

悲しい現実を突き付けられた空は、自分と友人がヒーローになり、

放射能が武器の「地震星人」を撃退する映画を撮影。

映画の中の非現実と村の現実とを重ね、

「本当に放射能除去装置があって、村をきれいにしてくれればなあ」と

かなわぬ夢を抱いた。


作品のモデルとなったのは、原発事故によって全域が避難指示区域に指定された

福島県飯舘村。篠原さんは2011年初夏に現地を訪れ、

花が咲き誇る風景の一方で、田んぼが干からび、牛舎は空っぽになり、

子どものいない村の様子に胸を痛めたといいます。

 作品は2012年に制作され、全国各地で上演の輪が広がりました。

 篠原さんは「都会の街を移動しながら、あの美しい村の苦悩と涙をつくり出してい

る街の明るさに涙があふれた。

あの日の痛みを忘れることを拒否しようと思います。

その決意が書かせてくれた物語です」とメッセージを寄せられました。

(以上は、今年8月27日の北陸中日新聞の記事を参考に書きました)

 実は2年前、私も友人の車で飯舘村を通ったことがあります。

除染のため表面からはぎ取った土を黒い袋に詰めたものが、

田んぼなど至る所に積み上げられていました。

決して美しい眺めではありません。

ここは、もともとは山に囲まれた自然豊かな村だったのでしょう。

胸が痛みました。その痛みを早く忘れたかったのが、私でした…。



8月16日(日)は、第4回歴史街道フェスティバル かほく市民川柳祭でした。

午後3時15分から午後4時まで、中町会館で、第三回鶴彬かほく市民川柳入選作品の発表・表彰・朗詠があり、途中からですが、私も拝見させていただきました。

小学生の部、中学生の部、一般の部がありましたが、一般の部の優秀句、秀句3句を紹介させていただきます。

(優秀句)

鶴の地で世界平和を発信す 寺内徹乗

(以下、秀句)

九条が苦情に変る世界かな 塩山破童

 

世界中文化遺産に九条を 小山広助

 

世界一素敵な九条何故反故に 井口武久

 

優秀句受賞の挨拶で寺内徹乗さんは

「日本にはいろいろ戦争の悲惨さを訴える記念館があるが、なぜ、どのように戦争が起こるか、戦争のカラクリを明らかにするような記念館があるだろうか?

鶴彬の川柳こそ、まさしく戦争のカラクリを、誰にでも分かるように見事に詠んでいる、稀有なものである。

鶴彬の人生と川柳は、国が戦争に向かうプロセスを学ぶことができる絶好の教材となる。

もっと全国に発信していきましょう」(平野取意)

と、呼びかけられました。私もこの呼びかけに大いに賛同するものであります。







経済力と軍事力を超えて  住職 平野喜之(よしゆき)  

 

 私がまだ若かったころ(今も若いですが)、聞法会である先生が問いかけられた言葉が忘れられません。

 

「阿弥陀仏の国を浄土と言いますが、浄土に無いものは何ですか?」

 

浄土には何が無いか?そんな問題を考えたこともありませんでした。

そして、その先生は続けてこのように言われました。

 

「浄土に無いもの、それはお金(財産)武器(や兵隊)です」

 

その問いかけとその答えを聞いて以来、私は二つの問いを持ちました。

 

①お金や武器を持たずに成り立つことができる人間関係とはどのようなものだろうか?

②何が人間にお金と武器を求めさせるのだろうか?

 

 ある年、その先生から年賀状が来ました。その年賀状には、

 

有無(うむ)相通(そうつう) 当相(とうそう)(きょう)(あい)

 

と書かれていました。

「有無相通」も「当相敬愛」も親鸞聖人が大事にされた『大無量寿経』という経典の言葉です。

「有無相通」とは、

「財産が有る人は
無い人に分け与え、無い人は有る人に必要な分だけ求める」、

「当相敬愛」とは、

「お互いに敬い合い、愛し合う」、という意味です。

 この言葉を根拠にして、先生は「浄土にはお金と武器を必要としない」と言われたわけです。

これで①の問いは解けました。

②の問いについては、「有無相通」「当相敬愛」に続く言葉を調べることによって解決することが出来ました。

 

有無相通 無得貪惜(むとくとんじゃく)

 

当相敬愛 無相憎嫉(むそうぞうしつ)

 

 つまり、「物惜しみする心、必要以上に貪る心」がある限り、人は財産を必要とし、

「お互いに憎しみ合い嫉み合う心」がある限り、人は相争い、武器や兵隊を必要とするのです。

 私たちが浄土を願って生きるということは、お金と武器を必要としない人間関係を願うということです。

それは同時に、
貪惜の心、憎嫉の心に生きる自分の姿が問われているのです。






◎浄専寺 全戦没者(つい)(ちょう)(ほう)()


15日(土)

午前11時~ 法話 当寺住職


11時半「勿忘(わすれな)の鐘」

戦争を忘れないように、平和を願って、皆さんと鐘をつきました。

 
 
 






 

◎原爆パネル展

 15~17日 午前10時~午後6時






◎大地の会(担当 前住 道雄)

  30日(日)午後七時半~



◎浄専寺 (ぎょう)(てん)講座(午前六~七時)

 

1日(土)平野道雄(浄専寺 前住 

2日(日)平野喜之(浄専寺 住職 

3日(月)佐竹通氏(子浦 専勝寺




あなたが変われば世界は変わる    住職 平野喜之


現在、日本の国は安保法制をめぐって大揺れに揺れています。

国民がいくら署名を集めて反対しても、

国会議事堂のまわりにどれだけの人が座り込みをしても、

憲法学者のほとんどが憲法違反だと判断しても、

結局は一部の政治家の思惑で、強引に物事は決められていきます。

そんなとき、

「私一人がどのように思っても、結局はなるようにしかならない」


と、無気力にさえなりかねません。


池田勇諦(ゆうたい)先生は、今年の『同朋新聞』2月号で次のように言われています。

聞法会などで、こういう話のときに決まって、

「私一人ぐらいが
そう思ったり言ったりしても世の中は何も変わらない」

という声が出ます。これこそ深い誘惑ですね。

けれども私は、「あなたが変われば、世界は変わるのです」と言うんです。

「あなたは、あなたの世界を生きておられるから、あなたが変われば、

あなたが友だちにかける言葉もおのずから今までとは変わってくるでしょう。

だから、あなたが変われば、あなたの世界は変わる。

あなた一人が変わることから始まっていくのです」と。

いま在る問題を、この私いちにんの問題として受けとめることが大切かと思います。  (池田勇諦)


 政治と宗教をあえて区別するなら、

「世界が変わらなければ、努力しても意味がない」というのが政治の世界なら、

「たとえ世界が変わっても、自分の意識が変わらなければ意味がない」というのが、

宗教の世界でしょう。

社会のさまざまな問題は、その社会を作っているあなたの意識変革を促しているのです。





◎「現代と宗教講座」()(どう)(きょう)(ほう) (午後1時半~)

 

7月16日(木)醒井秀和氏 (内日角 誓海寺) 



7月17日(金)鳥越巌氏 (金沢 龍勝寺) 



7月18日(土)中村直美氏 (金沢 西方寺) 



7月19日(日)平野喜之 (当寺 住職)

7月20日(月)荒木氏 (金沢)





7月11日(土)午後7時半~

◎生きることを学ぶ会

講題「鶴彬から学ぶ明日への道!」

講師 宇部功氏(小学校元校長・岩手県盛岡市在住)


「鶴彬の句碑、資料館をどう生かすか

鶴彬についてガイドできる人材の育成を!」


「川柳による人育てをどのように行うか

①地域社会・学校(高松)に川柳教育を!

②鶴彬の川柳を通して平和教育を!」

 
  

「今、安保法制で国会が揺れているこの時期に、

高松の小学校やお寺でお話をすることになったのは、

鶴彬が私を呼んだからなのです」(宇部功先生)



↑「鶴彬通信 はばたき」(第21号)より



 

戦争の実態を見抜きその残酷さを川柳にして伝えた

鶴彬から学んだこと
      住職 平野喜之

 

五月二三日に、石川テレビで「川柳人 鶴彬~今に…」という番組が放送され、その番組に岩手県盛岡市の小学校元校長の宇部功先生が映っていました。
宇部先生にはかつて、二〇〇八年七月の浄専寺「生きることを学ぶ会」でお話しいただいたことがあります。
今月の「生きることを学ぶ会」で、七年ぶりに宇部先生に子どもたちと戦争の愚かさに学ぶという講題でお話ししていただくことになりました。

 戦争は決して勇ましいものでもカッコいいものでもありません。
今では、いろんな映像や資料によって、そのことを確認することができます。
しかし当時、国をあげて、お国のために身を捧げた兵隊さんの姿を美化し、身を捧げることの尊さを強調していたので、兵隊さんに憧れることはあっても、
戦争することの愚かさ、残酷さに思いを致すことができた人は少なかったように思います。

 そういう中にあって鶴彬は、

たとえば、

・手と足をもいだ丸太にしてかへし

・万歳とあげて行った手を大陸において来た

という川柳を作って、

戦争に行くということはこのような姿になることなんだよ


ということを見事にあばいてくださったのです。

私が鶴彬の川柳から学んだことは、まずは戦争の残酷さですが、それと同時に

本当の内容を覆い隠す言葉には気をつけよう

ということです。

 さすがに現在、露骨に

「お国のために命を捧げることは尊いことだ」「戦争は勇ましい」

とは言いません。

しかし実は、

「平和」という言葉を張り付けることによって、
そういう考え方を覆い隠している
のかもしれません。
十分に気を付けたいものです。





「病から私が問われていること」6月7日(日)午後7時半~

講師 岸上 仁氏(神経内科医・大谷大学大学院博士課程在学中)

岸上仁さんは受念寺の副住職で、受念寺のHPは、
管理人に関係するHPのコーナー(←左)にあります。

岸上さんのブログは「お医者さんはお坊さん」で、
管理人おすすめブログ(←左)にあります。





本当に悲しむべきことは、

病いを治して健康になろうとしても、うまくいかないことではなく、

病いをマイナスとしかとらえられない眼を悲しむことではないか。

もし医者と患者が共に歩める場があるとするなら、

その眼を悲しむ場しかないだろう。



◎生きることを学ぶ会5月17日(日)午後7時半~
            
         
 講題「生命は自分自身だけでは完結できない…!」              

   講師 金森(かなもり)俊朗(としろう)氏(北陸学院大学教授)


    


浄専寺掲示板
              



                         
                     「生命は」    吉野


生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

 

花も

めしべとおしべが(そろ)っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

 

生命はすべて

そのなかに欠如(けつじょ)を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

 

世界は多分

他者の総和

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえも許されている間柄

そのように

世界がゆるやかに構成されているのは


なぜ?



花が咲いている

すぐ近くまで

(あぶ)の姿をした他者が

光をまとって飛んできている

 

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

 

あなたも あるとき

私のための風だったのかもしれない



   ◎「生きることを学ぶ会」   4月12日(日)午後7時半~   講師 住職 平野喜之

     講題「戦争やテロから問われること」

            今月の「生きることを学ぶ会」の趣旨

  今年は、戦後七〇年、地下鉄サリン事件から二〇年という節目の年です。 

私たちは敗戦から、オウム真理教事件から、何を学んだでしょうか?

  二度と戦争をしないために、戦争に巻き込まれないために、どんな教訓を学んでいるでしょうか?

  二度と、宗教テロを起こさない、巻き込まれないために、どんな教訓を学んでいるでしょうか?

    戦争にしても宗教テロにしても、中心になって指導する人たちがいます。

  しかし、そういう人たちだけでは戦争や宗教テロは起こりません。

  そういう指導者たちの言葉を信じて踊らされてしまう国民や信者がいなければ起らないはずです。

   私たちの中には、正しい方向に導いてくれそうな強い指導者を求めて依存したい心、

  その指導者に無批判に盲目的に信じてついていこうとする心があるのではないでしょうか?

   私は戦争を実際には体験していませんが、浄専寺の「生きることを学ぶ会」などを通じて、

  戦争を体験した人たちの生の声を直接お聞きする機会に恵まれました。

  また、オウム真理教の数々の犯罪に関わったオウム元信者たちの手記や裁判記録や、

  あるいは元信者(死刑囚)と面会することなどを通じて、宗教テロがどのようにして起こるかを

  学ぶ機会に恵まれました。

    私が出遇った方々の願いは、二度と同じ過ちを繰り返してはならないということでした。

  その願いに応える力が私にあるとは到底思えませんが、お話を聞いた者の責任を感じずにはおれません。

それでこの節目の年に、私なりに今まで考えてきたことをお話したいと思いました。 (住職 喜之)


        


     

共通感覚の喪失と回復     住職 平野喜之


平成二〇年三月三〇日から横浜市営地下鉄の「グリーンライン」で、平成二一年六月一日からは

同地下鉄「ブルーライン」でも「
スマイルマナー向上員」が乗車するようになりました。

(平成24年4月27日に終了)

お年寄りに席をゆずる呼びかけなどをするのが目的で、

ふだん地下鉄を利用している市民の中から募集されました。

なぜ、そういう制度が導入されたのでしょうか?

横浜市交通局の調査によれば、「車内でマナー違反を見かけたらどうしますか?」という質問に、

「いけないことだから注意する」と答えた人は全体の16

にとどまりました。

ところが、「いけないことだから、やめるべきだ」と答えた人は全体の9割以上もいたというのです。

つまり、車内のマナー違反をいけないと思っているのに、誰も注意ができないのです。


「マナー向上員」が助けてくれると思うと注意しやすくなるし、トラブルになることも減ります。

そういうことで、「マナー向上員制度」が導入されたのでした。

しかしなぜ、マナー違反を見て「いけないことだから、やめるべきだ」と思う人は非常に多いのに、

注意する人はわずかなのでしょうか?


社会学者の宮台(みやだい)真司(しんじ)氏は「共通感覚の喪失」でこのことを説明します。


昔は「共通感覚」が当てにできた。

「自分がいやなことは、みんなもいやなはず」と信じられたので、注意した相手が反発しても、

そばにいる乗客が「よくぞいってくれた」という感じで加勢してくれるだろうと、思えた。

しかし、今は「自分がいやなことは、みんなもいやだ」とは信じられなくならなくなった。

大人と若者の感覚は違う。大人の常識は若者の非常識。若者の常識は大人の非常識。

むやみに大人が若者に注意したら、車内の若者全員を敵に回すかもしれない。

つまり、自分が注意した相手が歯向かってきたとき、誰がどれだけ加勢してくれるかわからなくなった。

だから応援してくれる「マナー向上員」が必要なのだ。



「私の常識はみんなの常識。みんなの常識は私の常識」。

こう信じられる時代は、どうも終わったようです。

家庭や地域における、人と人とのつながりが薄くなったことが原因でしょう。

ではどのようにして、人と人の間(縁)を回復し、共通感覚を回復するのか。

課題は非常に困難ですが、困難だからこそ、その課題を親鸞聖人のお念仏の教えに聞き尋ねて参りたい

と思います。


                       


       ◎花まつり 4月5日(日)午前10時~
  ◎生きることを学ぶ会    3月21日(土・祝)午後1時半~
     
講師 北陸☆満友会語り部 細川尚氏
   
講題 「戦争の悲惨さと愚かさ」



  



  人は(あいだ)によって人間に成る    住職 平野喜之


 昨年七月長崎県佐世保市
で、県立高校一年の女子生徒(当時一五)を殺害したとして同級生の少女(一六)が

殺人容疑で逮捕された事件がありました。

 その少女は「殺すのは誰でもよかった」と供述したと報道されています。

 また、今年一月二七日には、名古屋のアパートに住む女子大生(一九)が殺人容疑で逮捕されました。その女子

大生の部屋で女性の遺体が見つかった事件です。その女子大生は「人を殺してみたかった」と容疑を認めているそ


うです。

 これらの事件の詳細を知れば知るほど、私には、一九九七年の神戸連続児童殺傷事件と同質の犯罪であることが

思われてなりません。

酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)と名のる当時一四歳の中学生
は、一人の女の子を金づちで殴り、また別の女の

子をナイフで刺したその日の日記に、自分が妄想の中で作り上げたバモイドオキ神に対して、次のように報告して

います。

 

今日人間の壊れやすさを確かめるための「聖なる実験」をしました。今、生きていることを忘れ存在の重さ深さ尊さを忘れ忘れてはならないことを忘れる同じ過ちを繰り返す悲しみこれからの子どもたちの悲しみ目先の利益だけで生きる悲しみ

 

社会学者の宮台(みやだい)(しん)()氏は、この酒鬼薔薇事件が起こったとき、「この事件に呼びかけられたと感

じる奴が絶対いる」と、他殺連鎖を予測しました。そう予測した理由は、酒鬼薔薇聖斗の犯行声明に共感したとい

う中学生からのファックスを何千枚も分析した結果、九割は反学校メッセージに共感するものでしたが、一割は「

人と物との区別がつかない」ことに共感していたからなのです。前者は学校ストレスの問題ですが、後者はもっと

広範な生育環境の問題だと、宮台氏は分析しました。

 「人と物との区別がつかない」人間が生まれるのはなぜなのか。その問題に対する社会学からの解答は、

「コミュニケーション不全」ということにある、と宮台氏は言います。

  他者との社会的交流抜きで自己形成を遂げる若者たちが急増しているというのです。

つまり、他者との社会的交流における試行錯誤で自尊心を形成するという経路に重大な故障が生じて、

他者の存在とまったく無関連に自らの尊厳を維持できるようになったのです。

勉強の出来不出来だけで、自尊心を形成したり(「学校化」)、食事も買い物も他者との社会的交流抜きで出来る

(「コンビニ化」ようになったことと無関係ではありません。

人と人との間(関わり)によって育てられこそ人間に成ることができる。そんな基本的なことを豊かさの中で

見失ってしまったのではないでしょうか。




    

               ★2月の行事


   ◎「現代と宗教講座」()(どう)(きょう)(ほう)()(午後1時半~)

  
  7日
(土)荒木範夫氏(金沢

   

   8日(日)平野喜之(当寺 住職

   9日(月)細川公英氏(金沢・順教寺

   10日(火)大窪(おおくぼ)祐宣(ゆうせん)(柳瀬・専勝寺)
     

   11日(水)平野慶之(やすゆき)(白山市・明証寺)
    

  ◎22日(日)午後七時半~ 大地の会(担当は住職) 無(安田理深師の祥月(しょうつき)命日)法要



オウム裁判と日本人

住職 平野喜之

元オウム信者の高橋克也被告の裁判が今年から始まりました。私も2月に、2回傍聴にいく予定です。

15年間以上に及ぶオウム裁判のほとんどを傍聴されて、その傍聴録を『オウム法廷』(朝日文庫)という

シリーズで公開して下さった元朝日新聞編集委員である降旗(ふりはた)賢一(けんいち)氏は、次のように言われています。

 教団のこうした実態が明らかになっていくと、年配の読者からは、その社会は、旧軍隊の兵士たちと同じだとい

う感想が寄せられるようになった。

上官の命令は天皇の命令、と絶対服従を強いられて、戦場で戦わされた兵隊たち。私自身にはその経験はないが、

戦中の亡霊
は、現代のこの教団の中で濃縮された形で(よみがえ)り、醸成され、増殖していったのだ。

しかしそうして次第に分かってきたこの教団の人々の生き方は、私たちとはまったく別世界のことだろうか、

と私は思う。
全体の利益を至上のものとし、「個」を滅して尽くす。それは、戦前に限らす、戦後の高度成

長を支えてきた「会社人間」「企業戦士」には当たり前の考え方
だったし、今だって、それから完全に自由な

人はどれだけいるだろうか。


 
生きづらさと、自分たちに未来はないという閉塞感(へいそくかん)。戦後の日本社会は、戦争の時代と隔絶した民主主

義社会になったと思い込んでいたのは間違っていて、
私たちは実は戦前をそのまま引きずっていて、ともする

とそこにまた戻ろうとしているのではないか
(降旗賢一)

 

今年で、戦後70年を迎えます。戦後の日本社会は、人々をサラリーマン化した歴史であり、家族を核家族化し

た歴史でした。夫を父親を「
企業戦士」として送り出したのは、「他人に勝ちたい」「いい生活がしたい」という

欲望ではなかったでしょうか?

若者たちもまた、父親の生き方を目標にしていい大学、いい会社を目指して頑張りましたが、やがて虚しさを感

じて入信しました。その結果、オウムの教義を盲信し、教祖や教団のためなら、反社会的行為も辞さないという「


教団戦士
」になってしまったのでした。

 
 私たちは本当に戦前・戦中の雰囲気から解放されているのでしょうか?



       ☆この詩に感動しました(住職 喜之(よしゆき)

        忘却の悲しみ (かい)(ほう)(りゅう)

   過去を忘れ

    未来を忘れ

    今、生きていることを忘れ

    存在の重さ 深さ 尊さを忘れ

    忘れてはならないことを忘れる

     同じ(あやま)ちを繰り返す悲しみ

     これからの子どもたちの悲しみ

     目先の利益だけで生きる悲しみ

     存在を軽く浅く(いや)しくしている悲しみ

     悲しみを生み出してきた悲しみ

     人間であることを忘れた悲しみ

     広島・長崎の(むご)

     水俣苦渋(くじゅう)

     福島の(うめ)
     時計の針はそんなに動いていないのに

     忘却の彼方(かなた)へ追いやられる

     国策の果てに辿(たど)り着いた今

     加害者を作り被害者を作る

     みんな仲間なのに傷つけ合う

     これが行きたかった場所なのか

     何かが違う

     人間であることを忘れた悲しみ



自力と他力     住職 平野喜之

 

 日本人の生活に溶け込んでいる仏教の言葉は数えきれないほどありますが、それらが正しく使われているとは

限りません。たとえば、「縁起」「往生」「他力本願」などはどうでしょうか?

 「そんな縁起でもないことを」

 「この前は事故に遭って往生した」

 「他力本願はよくない」

 私たちは元の正しい意味を知らずにこのような使い方をしていないでしょうか?

  今月号は、「自力」と「他力」についてお話したいと思います。

  親鸞聖人は、自力を次のように言われました。  

「自力というは、わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむ

ひとなり。」
 

自力とは、自分の力のことではありません。自分の身や心、能力などを頼む、当てにすることを自力というので

す。
私が月忌参りのときによく読ませていただく、浅田正作さんの詩につぎのようなものがあります。

  

「自力」 

 もう弱音をはくまい

と思っていたが 駄目だった 

 駄目だったので 自力とわかった


 「もう弱音をはくまいと心掛けさえすれば、もう弱音をはかないだろう」このようにいくら思っても、弱音をは

くようなご縁に遇えば、弱音をはいてしまうのです。

この「自力とわかった」という自覚をもたらすはたらきを「他力」と言います。

「他力本願はいかん」というのは、「他人の力を当てにし過ぎることはよくない」という誡めとして理解される

ことが多いですが、完全な誤解です。

次の詩は、森ひな(石川県松任 一八八七年生)という方の詩です。

 

 たりき たりきと おもうていたが

 おもうた こころが みな じりき

 

「南無阿弥陀仏を唱えたら、他力(仏さまのお力)が救って下さるに違いない」という、「救って下さるはず」と

いう自分の都合のいい思いを当てにしているから自力です。「思うた心がみな自力」という自覚をもたらすはたら

きこそ他力なのです。他力とは、「自力という迷いに気付いてほしい」という阿弥陀仏の願いの力なのです。



    
    ◎生きることを学ぶ会

   11月16日(日)午後7時半~

    講題「長男の死から学ぶ ― 自作絵本『お母さん ぼく 星になったよ』の朗読とお話 ―」

    講師 (しら)(かた) 美栄(みえ)()氏 (白山市在住)

             ひとり息子が二〇一〇年五月に脳内出血のため命終(十八才)。

       白山市にて、グリーフワーク(深い悲しみを乗り越える作業)の会を開設し、大切な人の死を受
        け止めることが困難な人たちと語り合う場を作っておられます。



(びょう)(どう)(かく)()(みょう)せよ

今年も皆さんのご協力を賜りまして、報恩講を厳修することが出来ました。本当に有難うございました。

浄専寺は浄土真宗の教えを聞く道場として願われている場所ですが、宗派としては真宗大谷派(東本願寺)の教団

に属します。私は今年の報恩講をご縁にしてその教団が成立してきた時代のものを学び、そこに「
平等への願い」

があったことに気付かされました。

『歎異抄』にも次の言葉があります。

親鸞は弟子一人ももたずそうろう

親鸞は父母(ぶも)孝養(きょうよう)のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず

信仰生活において、師と弟子の関係はとても大事な関係ではありますが、ともすると、師が弟子を、その可愛さ

のあまり「お前は私の弟子だ」と握りしめたり、弟子が師を誇るあまり、他の先生やその弟子たちに対して「お前

の先生はたいしたことがない。私の先生こそ素晴らしい」と言って、そういう偉い先生の弟子である自分を自慢す

る、といったことにもなり兼ねません。

 また、日本人の倫理観の中には「親子兄弟といった肉親は、他の人々よりも特別に尊重しなければならない」と

いうものがあります。しかし、「肉親といえども特別扱いしてはならず、すべての人間と平等に見るべきだ」とい
う倫理も大事なのではないか。私は親鸞さまの言葉からそのように
(さと)されているような気がします。

 さて、今年の報恩講の中日の夜は、京都からシンガーソングライターの野田淳子さんをお招きして、コンサート

をしていただきました。

 野田さんのお話や歌から私は、異文化・異民族との共存の大切さ、私たちの想像の及びにくいところで苦しんで

おられる方々の悲しみの声に耳を傾けることの大切さを学びました。

 そして、それが「平等」ということにとって、とても大事なことではないかと思いました。

 「平等」は、確かに「平らで等しい」という意味ですが、それは決して何でも同じにするということではなく、

異なった血や文化を持つものたちが、お互いのことを理解し合い通じ合うことを「平等」というのでしょう。その

ために必要なことは
共存しようとしている相手(異民族・異文化の人たち)の置かれている立場に思いをい

たし、相手の痛みや苦しみを想像し共有しようとする姿勢
ではないでしょうか?

 
野田さんの作られた詩や金子みすゞさんの詩から、私はそのようなことを教えられました。





         2014年   浄専寺 報恩講  

   ◎17日(金)

               ・午後1時半~ 勤行

      ・帰敬の集い(おかみそり)

 

               ・午後2時~ 法話 住職 

               ・午後7時~ 生きることを学ぶ会

                     MROテレビ 〝知ってるつもりスペシャル〟

               「親鸞~愛の伝説~」

                     関口宏、泉谷しげる、加山雄三、高木美保、ひろさちや


 
           お手伝いいただいているご門徒さんたち①

             

 

      ◎18日(土) 

        ・午後1時半~ 勤行


 

                法話   木越 樹

 

  報恩講中日の浄専寺の境内の様子(下伊丹町商店街の方々と斉藤豆腐店)

 

          ・午後7時~ 生きることを学ぶ会

         合唱とコンサートの夕べ

                  ♬はまなすコーラ  ♫高松少年少女合唱団

 
                

           ♪野田淳子コンサート 

 
   

            野田淳子プロフィール

        ・シンガーソングライター(京都在住)

        ・上條恒彦に認められ、1970年プロデビュー。上條恒彦とジョイントコンサートを重ねる。

        ・生きとし生けるあらゆるものの命への想いを、その透明感ある声に託して歌いつづけ、
        「天使の声」「人間の魂をゆさぶり励ますような歌」などと評され、幅広い層の支持を受ける。


                
                     
                 お手伝いいただいているご門徒さんたち②

         

 

    ◎19日(日)

                ・午前8時半~ 勤行・法話 住職

               ・午後1時半~ 勤行・法話 荒木範夫氏(金沢)

 

     報恩講の期間中は、
大人の作品も子どもの作品も、本堂に展示させていただき、有難うございました

  

  

  


       親鸞讃歌 (おも)  
                                  金子(かねこ)大栄(だいえい)作)

昔 法師(ほっし)あり
親鸞と名づく
殿上(でんじょう)に生れて庶民(しょみん)(こころ)あり
底下(ていげ)となりて高貴(こうき)(しょう)を失わず
(おのれ)にして愛欲のたち難きを知り
(ぞく)に帰れども道心(どうしん)を捨てず
一生凡夫(ぼんぷ)にして 大涅槃(だいねはん)の終りを()
人間を(なつ)かしみつつ 人に(なづ)む能わず
名利(みょうり)(くう)なるを知り 離れ得ざるを悲しむ
流浪(るろう)の生涯に (じょう)(らく)の故郷を(した)
孤独の淋しさ 万人の悩みを思う
聖教(しょうぎょう)(ひら)くも 文字を見ず
ただ言葉のひびきをきく
正法(しょうぼう)を説けども 師弟(してい)をいわず
ひとえに同朋(どうぼう)の縁をよろこぶ
本願(ほんがん)(あお)いでは身の善悪をかえりみず
念仏(ねんぶつ)(した)しんでは
自ら無碍(むげ)一道(いちどう)を知る

人に知られざるを(うれ)えず
ただ()(よご)さんことを恐れる
()(しん)罪障(ざいしょう)に徹して
一切群生(ぐんじょう)の救いを願う
その人()きて数世紀
(とこしな)えに死せるが(ごと)
その人去りて七百年(現在は七五〇年)
今なお()けるが如し
その人を(おも)いてわれは生き
その人を忘れてわれは迷う
曠劫(こうごう)多生(たしょう)の縁
よろこびつくることなし
金子大栄先生の随筆集『くずかご』より


  8月には雨で中止になりましたが、急きょ、鶴彬に因んだ万燈会をしました。

   ↓の写真は、9月14日の夜の浄専寺の境内です。 
  

    
14日(日)午後7時半~

    
       ●
特別少年隊員(特攻隊員)が見た「戦争の愚かさ」に学ぶ  講師 星野 啓次郎氏

        「人が命を奪い合う戦争はもうごめん。憲法があってこその平和だ」(星野氏)

       ・星野氏の川柳 ()()りて 積極的平和で 喧嘩(けんか)(ごし)

 


          9月   鶴彬をたたえる集い

    

資料展は、今年は9月21日をもって終了しましたが、街角交流館3Fでは鶴彬関係のものを常設しています。


(やわらぎ)を以て(とうと)しと()す 住職 平野喜之(よしゆき)


これは、聖徳太子が御制作なさった(と言われている)十七条憲法の第一条の言葉です。

この「和(やわらぎ)」というのは、平和と調和という意味として、私はいただいています。

「和」というのは、ただ「争い事がない」というだけではなく、

一人一人が個性に輝き全体として調和している

という意味を含んでいるのではないかと思います。

どうしてそのように思うかと申しますと、第二条で「仏・法・僧に帰依する」ということが書かれているから

です。

そして、仏法が生み出す「和」であるなら、「涅槃」(=究極的調和)という意味を含んで
いるからです。

その「和」を阻むのが、差別と争いです。それらは自己愛から生まれると教えられています。

人はそれぞれ姿や形、能力が違います。

それを個性と考えず、自分(たち)と違うものは劣っていると考えるところから差別が起こってきます。


また、人はそれぞれ育った環境や経験により、考え方が違っています。

にもかかわらず、自分(たち)の考え方こそ正しい、他は間違っていると考えるところから争いが起こってきま

す。

 それは残念なことではありますが、しかし、人間には差別や争いを「悲しい」と感じる力も備わっているのでは

ないでしょうか?

その「悲しみ」は心のもっとも深いところにあって、普段は自分でさえ気づかないものです。

 真宗では、差別や争いを「悲しい」と感じる力を「如来の大悲」と呼んで、エゴの悲しみと区別します。

私たちは案外、差別や争いが好きですし、自分の都合通りにいかないとき、「悲しい」と感じることが多いので、

エゴの悲しみと如来の大悲とを区別するのです。

 そして「南無阿弥陀仏」とは、

如来が我々の差別と争いの現実を悲しんでおられる、その声を聞きなさい!

という意味をもった言葉なのです。

 差別的な社会で、その社会の在り方で得をしている人たちは、その差別を無くそうとする運動に対して、暴力的

に関わってくる場合があります。

また、それだけでなく、残念なことですが、そういう差別的な社会の在り方を急いで変えようとして、暴力に訴え

てしまう場合もあります。

十七条憲法には、暴力ではなく徹底的に議論によって差別的な社会の在り方を乗り越えようと記されています。

それは、日本国憲法の
第九条の精神として生き続けています。

 この粘り強く議論する力を、南無阿弥陀仏にたまわる。それが真宗門徒の念仏申す生活だと、私は思います。

    


 ◎浄専寺 (ぎょう)(てん)講座(午前6~7時)

        1日(金)今井(ゆう)()氏(金沢 聞善寺
           
        2日(土)(はたけ)(やま)(きよし)(能登 浄福寺
         
           3日(日)平野喜之(当寺 住職


()(しん)とは(まなこ)転換(てんかん) 住職 平野喜之(よしゆき)


  お釈迦さまは仏弟子舎利(しゃり)(ほつ)に言われました。

     舎利弗よ 極楽国土には常にいろんな種類の珍しい鳥が飛んでいる

     このさまざまな鳥たちは 昼夜にそれぞれ三度づつ、やさしく(あで)やかな声で()く。

         これらの鳥の声は、仏の教えを説いている。

      だから、この声を聞く人々
は、すべて、皆、仏と法と僧を念じるのだ。

 以上は、『仏説阿弥陀(あみだ)(きょう)』の一部を私
が意訳したものです。

極楽国土とは、阿弥陀仏のまします国、つまり浄土ですが、この国では、鳥に限らず、たとえば並木に風が吹く

と、その並木の揺れる音が美しい音楽になり、それが自然に仏の教えを勧める音になり、その音を聞いたものは、

仏や法や僧を念じることになります。

 一体、このことは何を意味しているのでしょうか?

 先日、浄専寺の()(どう)(きょう)(ほう)()に金沢からおいでいただいた御講師がプリントを読みながらお話されたことです。

あるご婦人は、自分をいじめる(だん)()さんを憎んでいましたが、少し心に余裕ができ、
「自分を一番かわいいという

心」によって「旦那を憎んでいる」自分に気付かれた
とのことでした。そうすると、自分を今まで痛めつけてきた

と思っていた旦那さんを、仏様と拝むようになったということです。

自分を叱る旦那さんの声が、諸仏の声になった。

それは旦那さんが変わったのではなく、旦那さんを見る(まなこ)(ひるがえ)ったのです。

 金沢からおいでいただいたその御講師は、娘さんを(やまい)で亡くされましたが、その娘さんが中学のときに書かれた

作文には、次のようにありました。

「退院の日、六か月ぶりに外へ出ました。

外は、別世界のような気がして、青い空や白い雲、色とりどりの草花など自然がとても美しく思われました。

私は、病気にかかり、つらいこと、悲しいことなどいろんなできごとがありました。

でも、くやんでなんかいません。かえってよかったと思っています。

ふだんあたりまえのように思っていたことが、今では喜びとなり、健康で生きていけることは、本当にすばらしい

ことだと気づかされたからです」

 私たちの(まなこ)は、煩悩で曇って本当の世界が見えません。

しかし
悲しみを通して眼が翻るとき、広く美しい世界(浄土)が向うから開けてくるように感じられるのではな

いでしょうか?


          ◎「現代と宗教講座」祠堂経法会

(午後1時半からお勤め、午後1時50分ごろからご法話)

       ご法話の時間は各講師にお任せしていますが、1時~1時間半です。
       (
1時間の場合は休憩がありませんが、1時間半の場合は一度休憩が入る場合もあります)

   17日(木)(まき)()(しず)()氏(余地 浄福寺 

   18日(金)寺本()()() 余地 光明寺 

   19日(土)一二三(ひふみ)(とも)()  (木津 光源寺

   20日(日)荒木(のり)()氏(金沢

   21日(月)平野喜之(当寺 住職


     バラバラでいっしょ  住職 平野喜之(よしゆき)  

♪まるさんかくしかく まるさんかくしかく 顔も姿もちがうけど だから とっても おもしろい おおきな願いにつつまれて バラバラでいっしょ バラバラでいっしょ 誰もが 今を 生きている♪

 

浄専寺では、「生きることを学ぶ会」を始めるときに、必ずこの歌をうたいます。

 実は、この歌は〝 浄土 〟ということを表現しているのです。

 ある先生は

 「
ひとりひとりが個性に輝き、全体として調和している世界(=バラバラでいっしょ)」を浄土というのだよ

 と教えて下さいました。


 私たちはどこかで、浄土を死んだ後に行く世界だと思っていないでしょうか?

 確かに、そのように表現している経典があるので、そう理解しても仕方がないところがあります。

 また、そのようにお説教してきた歴史もありました。

 しかし、お釈迦様は「死んだ後の世界は、有ると言っても迷いだし、無いと言っても迷いである」とお説きになりました。

 つまり、「死んだ後の世界はこうなっているよ」と教えることは、本来は、仏教ではありません。



 

では、なぜ「死んだらお浄土」というような紛らわしい表現が生まれて来たのでしょう。

 それは「生きている間は、浄土に生まれてしまったとは言えない」ということを教えるために、そういう表現になったのです。

私たちは、「まる」と「さんかく」と「しかく」をそれぞれの個性として認めることができず、どうしても、どれが偉いか、どれが劣っているか、と比較して優劣を競ってしまうのです。

 「顔も姿もちがう」ことが、「だからとってもおもしろい」とはならず、そのことが原因で、いじめや差別、ひどいときには戦争にまで発展するのです。

 だから、私たちは浄土に生まれたとはとても言えない。浄土に生まれたいという心さえ持っていないかもしれません。

 では、浄土と私たちは全く無関係でしょうか?

 決してそうではありません。

 もしそうなら、他人と自分を比較し競争し傷つけ合うことに何の躊躇もないし、全く心も痛まないはずです。

 優劣を競い合い傷つけ合っている現実の中で、痛みと葛藤を抱えながらも

 「
そういう世界は現実ではあっても真実ではない

 とハッキリ見定め、どこまでも

 「
バラバラでいっしょの世界こそ真実の世界である

 と信じて生きていく。

 それは現実に絶望せず、夢もみない生き方です。

 我われにはそういう生き方が与えられていて、その生き方を選んで生きることができる。

 私は、それが救いだと思います。


         


    ◎生きることを学ぶ会              6月15日(日)午後7時半~

             講題「困難な問いに心を傾けながら」

                    講師 徳田茂氏(心身障害通園施設金沢「ひまわり教室」)

      

   私には、7年年近い知行との暮らしの中で、確信できるようになっていることがあります。

   それは、知行はダウン症だということによって、不幸なのではない。

   「障害者は不幸だ」といった感じ方しかできない人間たちの大勢いる社会で生きていかなければならない

   から不幸なのだ、ということです。(1979年)



哲学と宗教、(しょう)(しん)()    住職 平野喜之(よしゆき)


哲学?あぁ、ムズカシイ。そんなに難しいこと、学ぶ必要なし。

宗教?あぁ、メンドクサイ。関わるだけ、時間の無駄。

そんな声が聞こえてきそうですね。皆さんは哲学や宗教にどんなイメージを持っておられるでしょうか?

  私は若いころから、哲学や宗教にとても関心がありました。なぜそれほど関心があった(ある)のか、実は自分でもよく分からないのですが、たぶん、「自分」や「自分を取り巻く世界」に、何となく違和感というか漠然とした不安を感じていた(いる)からだと思っています(それは今も変わりません)。
  そんな私にとって、哲学も宗教も「自分とは何か」「世界とは何か」を説明してくれるものでした。ただ、説明に、哲学は概念(有限、無限、一、多など)、宗教は物語(聖書、経典など)を使うという、大きな違いがありますが。

 哲学や宗教には、長所と短所があります。哲学の短所は難しいことですが、長所はいつの時代もどこの民族も理解できる(普遍性がある)言語で説明されていることです。それに対して、宗教の短所は民族性が強い(民族が違うと伝承されている物語も違う)ことですが、長所は言語が感覚や感情に訴えてきて、生活に密着していることです。

 私はいろんな哲学や宗教を学んだ(遍歴した)ことによって、やはり仏教はすごいなぁと思いました。仏教には物語(経典文学)があり、しかも哲学(論)もあります。哲学の長所(普遍性)と宗教の長所(親しみやすさ)を合わせ持っていると思います。

 そして、仏教がもともと兼ね備えていた哲学的(教学的)要素と宗教的(物語的)要素がどのような関係にあるのか、その関係を明らかにして下さった方が親鸞聖人なのです。親鸞聖人が、その両方(哲学と宗教)のエッセンスを取り出して、生活のなかに活かすことができるほどコンパクトにまとめて下さった歌が「正信偈」なのです。


  

   ◎生きることを学ぶ会


         講題「幼児から光齢者までセンス・オブ・ワンダー(不思議がる感性)を!」

          講師 金森俊朗氏(北陸学院大学教授)

       5月18日(日)午後7時半~



         「儀式」とは 住職 平野喜之(よしゆき)

 

 儀式には、成人式、葬式、仏教なら帰敬式、キリスト教なら洗礼など、いろいろありますね。

では儀式って、何のためにするのだろうか?皆さんは、このような疑問をもたれたことはありませんか?

 儀式とは、「古い世界に死んで、新しい世界に生まれるためにするもの」「古い自分に死んで、新しい自分に生

まれ変わるためにするもの」です。

たとえば女の子は、失恋をしたときに、髪を切ったりするでしょう。男の子なら旅に出たりしますね。それも広

い意味での儀式なのです。

特に身近な人、愛する人の死はつらいもの。愛していればいるほど、その人の死を受けいれるのは大変なのです。


 では本当に死を受けいれることができた状態とは一体、どのような状態なのでしょうか?

それは、今まで生きている者((せい)(じゃ))どうしだった関係を、()(しゃ)と生者としての関係として、

新たに関係を結び直すことなのです。生者と生者の関係に死んで、生者と死者の関係に生まれ変わる、そのための

儀式が葬式なのです。


供養として捧げる「おけそく」のおさがりを頂くのも、死者となった人と食事を共にするという意味があります。

「私の分までしっかり生きてね」「あなたもいつか死ぬのよ。だから、今を精一杯生きてね」。そのような死者

の声に(はげ)まされ(うなが)されて、生きていけるようになるために儀式はあるのです。




                 ☆浄専寺 花まつり☆
                           4月6日(日)午前10時~11時半


                    
おしゃかさまのおたんじょうび


            




            仏に成るということ
 
(住職 喜之)

   仏に成るということは死ぬことではありません。親鸞聖人が「(しょう)(しん)()」で七高僧の一人として仰がれる

善導(ぜんどう)(だい)()は、仏を
満足(まんぞく)(だい)()の人と言われます。

我われは、どうしても自分自身の能力や姿を他人と比較してしまいます。そして、どちらの能力が高いか低いか、どちらが美しいか、そうでないかを評価してしまいます。そして、優越感をもったり劣等感に悩んだりします。なかなか、自分自身に満足できません。

また大悲とは、他人の苦しみや悲しみを、全く我が事のように苦しんだり悲しんだりできる心を言うのですが、我われにはその心がありません。

実はお釈迦様も、我われと全く同じでした。そのお釈迦様の中に、他人と比べて優越感を持ったり劣等感を持ったり、他人の幸せを妬んだり、他人の不幸を喜んだりしている自分自身の姿を「なんと愚かなことか」と、痛み悲しむ心が誕生しました。その心を浄土真宗では念仏申す心と呼びますが、その心によって、ついにお釈迦様は満足大悲の人­に成りました。それを成仏というのです。死ぬことではありません。

では私たちはどうでしょうか?「仏に成られたお釈迦様(釈迦仏)の教えを聞いて、念仏の心が育っていけば、あなたもまた、必ず仏に成れる。そう信じて教えを一生涯聞き続けなさい」。

  そのように親鸞聖人はおっしゃいます。

  その親鸞聖人の言葉を我が胸にいただくとき、無意味だった人生は、満足大悲の人に成るための道場として輝くのです。



                       ★3月の行事
 
     
    東日本大震災 心に刻む集い   
                         3月11日(火)

         ◎午後2時 正信偈唱和 感話(前住職)

    ◎午後2時46分 勿忘(わすれな)の鐘」(決して忘れない)をつきましょう。

                  犠牲になられた方に思いを馳せ、この震災を心に刻み、 今後も復興と支援の思いを繋いでいきたい
             と思います。(前住 道雄

        



                   亡き人を(とむら)うということ (住職 喜之

   弔という字について、旺文社『漢和中辞典』には、「もと、人に蛇が巻きついたさまという。
  転じて、いたみ あわれむ」とあります。また、「(とぶら)う」と意味もあるそうです。

  人が亡くなったときに、その亡くなった人の状態、あるいはそのご遺族が悲しみに暮れている様子の
  「痛痛しさ」を表す字が(ちょう)だったのですが、それが「亡き人を(とぶら)う」という意味を帯びて、
    (ちょう)(とむら)うと読むようになった、とある先生からお聞きしたことがあります。

   では、亡き人を訪問するというのはどういうことでしょうか?

  それは、自分の心に刻み込まれた亡き人との思い出を訪ねるということです。
    そして、その亡き人の 声なき声  に耳を傾けるということです。
     生前、その人はどんな願いを持って生きたのだろうか?
    また、私にどのような願いをかけて下さっていたのだろうか、と。

     その人の願いに出遇い直すのです。
          それはまた同時に、今の自分を問い直すことでもあります。
      
      私は今、何を願って生きているのだろうか、
      また、身近な人にどんな願いをかけて生きていったらよいだろうか、と。

   
      亡き人を弔うとは、亡き人の願いを聞き確かめ、自分自身の願いを今一度振り返り確かめることなのです。


                         ★2月の行事

 

◎「現代と宗教講座」祠堂経法会

(午後1時半からお勤め、午後1時50分ごろからご法話)

   ご法話の時間は各講師にお任せしていますが、1時
~1時間半です。
     (
1時間の場合は休憩がありませんが、1時間半の場合は一度休憩が入る場合もあります
 

              7日(金)荒木範夫氏(金沢
                    8日(土)矢田充氏(金沢・名聲寺
                    9日(日)立島直子氏(小矢部・称名寺)
                   10日(月)細川公英氏(金沢・順教寺)
           
     11日
(火)平野喜之(当寺 住職



 2013年度の行事


  昨年までの「生きることを学ぶ会」の活動




  
 たくさんの方がいろいろな支援をなさっておられることと思いますが、 その中で友人の活動の案内をさせていただきます。

                                                          

       

  次回の支援活動は、

 

  今後の活動予定日(宮城県・福島県)

  ・12月15日~17日(宮城県)

  2016年

  ・1月19日~21日(宮城県)・2月10日(福島県)

  ・2月16日~18日(宮城県)・3月10日~12日(宮城県)

    



                  
                   

           いのちは無限の過去と無限の未来と無限のつながりの中にある


                   

     この素晴らしきいのちのつながりを、放射能から守るために、何ができるか。ひとりひとりの課題です。






         住所 石川県かほく市高松ツ66番地

       TEL&FAX
 076-281-0546

                 
地図はこちら→クリック

   (注)地図の赤のバルーンは、必ずしも正確な浄専寺の位置を示しているとは限りません。

      しかし、地図を少し下にずらし(ひっぱり)拡大すると必ず、「浄専寺」という場所が見つかります。

      北陸銀行を目印に探して下さい。





HP管理人喜之
(順教寺さまのHP)


管理人が2006年11月から12月にかけて
ラジオ 「東本願寺の時間」で話したものが、
東本願寺のHPに載りました。音声もダウンロード出来ます。
よろしければお聞きください。